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2018年6月公募第41回リバネス研究費

第41回リバネス研究費 吉野家賞 募集テーマはこちら

名古屋工業大学 大学院 社会工専攻 建築・デザイン分野 准教授

須藤 美音さん

採択テーマ
店舗の環境が調理従事者の働きやすさおよび顧客の満足度に与える影響

料理を作り、サービスを提供する。店舗に立ってお客様と直に接するスタッフが、飲食業界の要であることは疑いようがない。そんな彼らに最高のパフォーマンスを発揮してもらうべく、最も適した職場環境を設計しようというのが、今回の提案だ。第41回リバネス研究費𠮷野家賞に採択された名古屋工業大学大学院の須藤美音氏にそのビジョンを伺った。

働く人の知的生産性を最大化したい

「個人の能力を最大限に発揮できる空間をデザインすることで、働く人の生産性向上を促す研究に取り組んできました」。須藤氏が専門とする環境建築工学は、光や音、気温など環境が人に与える影響を明らかにし、人々が最も心地良いと感じる空間を設計する学問だ。例えば、学校であれば、生徒にとって勉強を効率良く学べる場を提供し、住宅であればより健康に住める家を提案する。「一方で、どんなに快適な空間をデザインしても、コストが見合わなくては誰も導入してくれません」。アカデミアでの理論構築だけでなく一般企業でのビジネス経験も有する須藤氏の強みは、最小限のコストで最大限のパフォーマンスを発揮する環境を、実現可能性を忘れずに設計することだ。

これまでは、病院をフィールドに看護師の職場環境を改善する研究に力を入れてきた。「看護師はブルーカラーワーカー(肉体労働者)として捉えられがちですが、本来は、医療・看護の高度な知識を身につけ、あらゆる事象に柔軟な対応が求められるナレッジワーカー(知識労働者)なんです」。病院の病棟設計は患者さんを中心に考えられていることが多い。そこで、ナースステーションのレイアウトを変えることで、看護師間のコミュニケーションの量や質を向上できないかと実証研究を進めている。看護師の知的生産性を向上させることが、ひいては患者さんのメリットを最大化することにつながるからだ。飲食業界においても同様の構図が存在すると考えた須藤氏は、自身の研究フィールドが広がる可能性を感じて今回の応募を決めた。

現場の課題に設計視点から立ち向かう

「6年間、飲食店でアルバイトをしていた経験があるので、現場の状況はイメージが湧きました。飲食業界を支える多様な人材が、より快適に働ける環境があれば、企業としての成長にもつながるのではないかと考えています」と話す須藤氏。定年後の再雇用など今後さらなる活躍が期待されるシニア層に注目して、より生産性を高める空間提案を行っていく予定だ。

例えば店舗内や厨房の照明は、スタッフの作業効率に高い相関がありそうだ。目の疲れや疲労の蓄積による作業効率の低下を心拍数や脳波の測定データと結びつけ、環境が与えるストレス値との相関から評価していく。同様に、店舗内の音環境に関する最適化にも着手する。人は単純な音量だけでなく、注文や人の話し声など、意味を持った音で集中力が切れやすい傾向がある。そこでまずは店舗内で実際に生じる様々な音のうち、特にパフォーマンスに影響を与える音が何かを明らかにする。それが不要な雑音ならば極力減らし、情報を含むものであれば伝達手段を変えることで、集中力が持続する仕組みを整える。その他、作業動線や臭い、CO2濃度等も組み合わせて空間のトータル評価を行い、更には設計に落とし込むことで、実現可能性のある店舗環境を提案する。「高い作業効率を空間設計からサポートしていきます。それによって、働く人が本来持っている創造性やアイデアを発揮できる、そんな空間を実現したいんです」。

飲食業界の働き方を再定義する

労働生産性に関わる環境設計の研究は、ホワイトカラーやブルーカラーの業種を対象としたものが多い。彼らの成果は売上などの数値に反映されやすく、評価も比較的容易だからだ。一方で、ナレッジワーカーの価値である、高い創造性やアイディアに関しては明確な評価基準が存在しない。彼らの知的生産性を向上させるためにはどのような環境が適しているのか、今後の研究が待たれるところだ。「大学の先生や企業の研究所で働く人は分かりやすい例ですが、私達が気づいていないだけで、他にも多くのナレッジワーカーがいます」。一般的に、飲食業界のスタッフはブルーカラーワーカーだと考える人が多数派だろう。しかし、短時間で多くのお客様とコミュニケーションを取り、満足させる洗練されたスキルを持っている彼らは、先の看護師の事例同様に実はナレッジワーカーといえるだろう。

国内に1,200店舗以上存在する𠮷野家では、ロボットを導入した食器洗浄工程の全自動化や、AIを活用したシフト自動作成ソフトのシステム導入も始まっている。単純作業が自動化され、長年培われてきた複雑なノウハウが簡単に共有されることで、現場での働き方は大きく変わり始めている。さらに須藤氏との連携から生まれる新たな職場環境により彼らの創造性が最大化されることで、飲食業界は大きく変わるはずだ。