
2024年9月公募第66回リバネス研究費
第66回 ダイキン賞 募集テーマはこちら
東北大学 工学研究科 航空宇宙工学専攻
横内 岳史さん
- 採択テーマ
- 極低温ループヒートパイプの 動作安定性理論構築に向けた凝縮熱過程の解明
熱の見える化で宇宙探査に革命を
「宇宙の謎を解き明かしたい」―その想いを胸に、横内氏は熱を研究分野に据えた。どの宇宙ミッションにも関わる重要な要素が熱であると考えたからだ。「探査のボトルネックである熱制御と向き合うことで、『宇宙の謎を解き明かす』ことを果たしたい」。極低温で動作する熱輸送デバイスCLHPと、その内部を見える化する塗料TSPを用いて宇宙探査の革命を目指す。
真空と極低温‒過酷な宇宙で熱を制す技術
宇宙空間は過酷な熱環境だ。太陽光が直接照射される箇所は100度を超え、入射しない箇所はマイナス100度を下回る。真空のためファンで空気を循環させて冷やすことはできず、一度打ち上げれば修理も不可能だ。その中で精密機器を地上と同様に常温に保つには、信頼性の高い熱制御が不可欠となる。その切り札がループヒートパイプ(LHP)だ。これは、液体が蒸発して気体になる時に熱を奪い、気体が液体に戻る時に熱を出す性質を利用する。蒸発部にはスポンジのような多孔質体が埋め込まれており、ここに働く毛細管力によって作動流体が自然に循環する仕組みである。これにより電気などの外部動力や故障しやすい駆動部なしに、熱を効率よく長距離輸送できる。
横内氏が挑むのは、赤外線検出器などの冷却に必要な80ケルビン(約-193℃)といった極低温環境で動くCLHPだ。しかし極低温では、液体の表面張力が弱く毛細管力が低下したり、蒸発時に奪う熱の量が小さくなるなど、常温から物性が変化して動作が不安定になる難しさがある。その安定化には「内部で何が起きているか、直接見える化する必要がある」と語る。従来の赤外線カメラが使えない極低温下で着目したのが、低温になるほど明るく光る塗料である感温塗料(TSP)だ。TSPを気体と液体が混ざった流れに応用し、CLHP内部の温度と流れを捉えるのは世界初の試みだ。横内氏は、低温でも剥がれたりせず透明性を維持できる塗料を目指して、様々なポリマーを試したり、どのような溶剤に溶けるか実際に塗布して検証しながら、TSPの開発に取り組んでいる。
鮮明な宇宙、月面活動へ‒CLHPが拓く探査の新時代
この研究が実を結べば、宇宙開発は新たなフロンティアへ進むだろう。宇宙望遠鏡はノイズから解放され、より鮮明な宇宙を捉えられるようになる。探査機は熱設計の制約から解き放たれ、より遠くより過酷な環境に挑めるだろう。月面での持続的な活動も現実味を帯びてくる。「まずは宇宙探査の可能性を広げたい」という横内氏には、具体的な目標がある。「10年以内に月面ローバーに自分の技術を載せるのが目標です」。宇宙という究極の環境で技術を磨き、実装を目指している。
この挑戦は同時に地上にも繋がっている。今回のリバネス研究費ダイキン賞への応募も、宇宙技術を地上に還元したいという想いからだ。「宇宙という最も排熱が難しい環境での熱の研究が進めば、地上に還元できる部分は大きい」と横内氏は語る。今後、MRIの静音化や量子コンピュータの冷却など、安定した温度制御が求められる場面はますます増えていく。今回の受賞は、宇宙と地上の熱課題を繋ぐ大きな一歩となるだろう。彼の知識がダイキン工業が持つ材料や量産化に関する知見と結びつけば、コストなどの課題を乗り越えて熱制御の新たな可能性が広がるかもしれない。(文・大島友樹)