採択者の声

2024年6月公募第65回リバネス研究費

第65回 𠮷野家賞 募集テーマはこちら

東京大学 工学系研究科建築学専攻

黄 心儀さん

採択テーマ
窓景観が食体験に与える生理的・心理的影響:食事空間におけるデジタル窓の活用による対照実験

窓の向こうの未来~デジタル景観が紡ぐ新しい食体験~

窓からの景色を眺めながら食事をする。それは誰もが心地よさを感じる日常のひとときだ。しかし、都市部の飲食店では、窓からの眺めが期待できない場所も多い。黄氏は、デジタル技術を駆使して、どんな場所でも理想的な景観とともに食事を楽しめる空間づくりに挑戦している。その研究は、私たちの日常的な食事風景を一変させる可能性を秘めている。

景観が変える食事体験の可能性

中国・中央美術大学で建築学を学んだ黄氏は、美術館や小学校、集合住宅など、人々の日常生活に密接に関わる建築物の空間設計に携わってきた。学生時代、デジタルアートによるアートセラピーに出会い、空間デザインが人々の心理面に与える影響に強い関心を持った。特に印象的だったのは、メンタルケアを必要とする子どもたちが、デジタル技術で創られた景観の空間演出効果で心を癒やしていく様子だった。その後コロナ禍を経験し、飲食店を経営する黄氏の実家が顧客減少による苦境に立たされる中、「リピート客が多い飲食店では、料理の美味しさだけでなく、店内で過ごす時間そのものを楽しみ、心地良い食体験が記憶に残ることが重要だ。これに景観が不可欠だ」という思いに至った。医療現場ではすでに、長期入院患者の心理的ストレスを軽減するため、デジタル窓技術による仮想的な景観の活用が検討されている。食事をする空間にもこの技術を応用することで、より豊かな食事体験を創出できるのではないかと黄氏は考えた。

生成AIが創る理想の窓辺

ディスプレイ全体を窓のようにデザインした「デジタル窓」は、本物の窓と比較して、位置による制約を超え、多様な景観を再現できる。また、光の明るさや色味をコントロールできるため、より自然な景観表現が可能だ。さらに、「デジタル窓」は動的な映像を表示できるため、通常の写真やポスターよりも豊かな視覚体験を提供し、本物の窓に近い開放感を演出できると期待される。さらに、生成AI技術を活用することで、 食事空間に最適化された景観のデザインも可能性となるはずだ。黄氏の実験では、生理的指標を用いて、デジタル窓の景観のリラックス効果を検証する。これまでの研究では閉鎖的な実験室での検証が中心だったが、今後は𠮷野家の店舗での実証実験も視野に入れている。建築学の専門知識を活かし、単なる画像表示ではなく、空間の中での窓の役割を考慮した実験を計画している。

食文化に根ざした新しい食空間の創造

日本の食文化では、古代から食事中の景観体験を重視する。近代の飲食店でも、窓からの景観は重要な要素と捉えられている。「日本には窓を通じて自然を楽しむ食文化が根付いているからこそ、デジタル窓による空間演出が効果的に機能するのではないか」と黄氏は語る。𠮷野家との連携においては、テーブル席・カウンター席など、シーンに合わせたデジタル窓による空間演出を実現したいと考えている。「景観が十分でない場所でも、デジタル技術により豊かな食事体験を提供できる可能性があります。店舗の立地や時間帯に応じて最適な景観を提供することで、より快適な食事環境を作れるかもしれません」。人々の日常に密着した𠮷野家だからこそ、新しい食空間体験を日常生活の中でより多くの方に提供できると黄氏は考えている。「デジタル窓」で、気持ちを切り替えられる店舗が将来当たり前になるかもしれない。 (文・尹 晃哲)