採択者の声

2024年6月公募第65回リバネス研究費

第65回 綜研化学賞 募集テーマはこちら

東京理科大学 研究推進機構総合研究院

Zachary T. Gossageさん

採択テーマ
水溶性ポリマー添加電解液を用いた水系ナトリウムイオン電池の開発

電気化学と高分子化学の融合で目指す、次世代バッテリーの社会実装

スマートフォン、ワイヤレスヘッドフォン、ノートPC等のモバイル機器に搭載される小型のものから、住宅用蓄電池や電気自動車といった大型のものまで、私たちの社会の至る所にバッテリーがある。現在流通している蓄電池の多くは液系リチウムイオンバッテリーだが、技術的、社会構造的な課題もあり、新しい技術が求められている。そのひとつである水系ナトリウムイオン電池の実現が、Gossage氏の研究ターゲットだ。

安全性と環境負荷低減で求められる 水系電池

リチウムイオンバッテリー(LIB)はエネルギー密度が高く小型化できることから広く用いられているが、電解液が有毒な上に電池の熱暴走で発火しやすく、廃棄やリサイクルを含めた社会システムが整備されているとはいえない。また、世界の埋蔵量のうちリチウムはチリに約半分が、電極材料に使われるコバルトはコンゴ共和国に約半分が分布しており、全体を見ても少数の国に偏在している。そこで行われる採掘労働の劣悪な環境や、精製の際の副産物による環境負荷など、これらの原料は社会的な課題を内包している。これに対して、安全、原料が豊富で、真に環境に優しい次世代バッテリーとして、水系ナトリウムイオン電池(ASIB, Aqueous Sodium- Ion Battery)が期待されている。一方、現状の技術で作られるASIBは作動電圧が低く、LIBと比較してエネルギー密度が低くなるため、技術改良が求められている。水系バッテリーは高電圧で動作させると電解液中で水の電気分解が起きてしまうため、これをいかに抑制するかが重要になる。この実現のために、電解質を高濃度化することで負極と電解液の界面にSolid Electrolyte Interphase(SEI)と呼ばれる被膜を形成する試みがこれまでに行われてきた。これに対して、ポリマー添加により水の分解抑制を実現しようとしているのが Gossage 氏の提案だ。

研究費で異分野を繋げ、双方の学びをつくる

「例えばポリエチレングリコールを亜鉛イオン電池やアルミニウムイオン電池などに添加剤として用いることで、電解液の安定性やサイクル性能を向上させることが報告されています。ASIBにおいても、添加ポリマーの主鎖構造や重合度の工夫や官能基の導入によって、性能を高めることができると考えています」。そう話す Gossage 氏だが、自身の専門はSEIを中心とした電気化学であり、高分子化学ではない。だからこそ今回の綜研化学賞は、ポリマーの専門家集団と繋がりつつ、研究成果の社会実装を目指す良い機会だった。

「私はポリマーに関するアイデアを出すことはできても、それをどう作ればいいのか、また他にもっといい選択肢があるのか、までを突き詰めて考える事は難しい。これからの綜研化学のみなさんとの議論が楽しみです」と Gossage 氏は言う。一方、自身は電気化学者として複雑な界面で何が起きているのかを評価することができるし、研究室ではバッテリーセルを作って評価することも可能だ。この連携を通じて、綜研化学も水系電解系へのポリマーの利用に関する知見を獲得できるだろう。リバネス研究費が架け橋となって生まれるコラボレーションから、安全かつ高性能なバッテリーの社会実装に繋がる未来に期待したい。(文・西山 哲史)