採択者の声

2024年6月公募第65回リバネス研究費

第65回 綜研化学賞 募集テーマはこちら

京都大学大学院 農学研究科 特定研究員

奥田 結衣さん

採択テーマ
海のミネラルと異常繁殖した海藻及び二酸化炭素からなる丈夫なバイオマス構造材料の開発

海藻由来高分子とミネラルの複合によりサステナブル素材を広げる

今後の循環型社会の実現を目指して、再生可能な資源からなるサステナブル素材への着目が産業界の中で高まっている。一方で、製造コストの高さや用途開拓の難しさゆえに広がりづらいのが現状だ。奥田氏は異常繁殖海藻と海水中のミネラルという大量に存在する資源を、同じく大量に使われるエンジニアリングプラスチックの代替材料に変換することで、突破口を拓こうとしている。

真珠層をヒントに自然由来構造材をつくる

海藻の有効活用を目指し、バイオプラスチックなどの構造材料を合成する研究はすでにいくつも行われている。しかし石油由来プラスチックと比較して機械的性質や耐水性が低く、実用を目指すベンチャー企業が国内外にいくつかあるものの、そのプロダクトが広まっているとはいえない。また海藻重量の約85%は水分が占めており、加工のプロセスで必要な脱水・乾燥に「膨大なエネルギーの無駄がある」と奥田氏は指摘する。脱水・乾燥工程を必要とせず、かつ機械特性の良い材料を、海藻からつくることはできるのか。奥田氏はそのヒントを、貝類がつくる真珠層に見出した。「真珠層は、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムなどの無機結晶と、有機高分子であるキチンからなるナノ複合体です。無機結晶とキチンが規則正しく配列し、かつ互いが強く結合した構造をとるため、自然の海水中という穏やかな条件で生成されるのにも関わらず、セラミックスを超える丈夫さが実現されているのです」。海藻がつくるアルギン酸と貝類がもつキチンは、ナノ繊維という観点では近い構造を持っている。そのため、無機結晶との複合化により、同様の構造をつくれるのでは、と考えたのだ。

ナノ複合化で環境課題解決を目指す

奥田氏はこれまでに、家畜骨や鉱物由来のリン酸カルシウムと、セルロースやアルギン酸とのナノ複合体研究を進めてきた。この結果得られた複合体は、圧縮成形することにより、ポリカーボネートなどの石油由来のエンジニアリングプラスチックに匹敵する強度を示すことを明らかにしている。また研究の過程で、無機物と複合化することによりアルギン酸等の親水性高分子の濾過・脱水を迅速に行えるようになり、かつ、プラスチック化反応をより迅速に行える条件を見出している。今回採択を受けた研究では、リン酸カルシウムに代わって、海水中に膨大な量が存在するカルシウム塩やマグネシウム塩と、大気中のCO2を利用することを予定している。これらを化学反応により真珠層の主成分である炭酸カルシウム(CaCO3)や炭酸マグネシウム(MgCO3)に変換し、アルギン酸とのナノ複合化を目指す。「構造材のような大量に使用される材料に海藻由来高分子や海水由来ミネラルを使い、かつ反応にCO2を取り込むことで、多方面の環境課題の解決に繋げたいと考えています」。近年、グリーンタイドと呼ばれるアオサ類の異常繁殖が、沿岸域の景観悪化や腐敗による悪臭、海洋生物の死滅などの問題を引き起こしている。他方、成長を続ける海水淡水化事業により、ミネラルを高濃縮した海水の生産が増えている。これらの課題の間に橋を渡し、かつ大気中のCO2を構造材に固定化することで温暖化対策にも繋げる。今後奥田氏の研究が、三方よしのソリューションを生み出していくはずだ。(文・西山 哲史)