採択者の声

2023年9月公募第62回リバネス研究費

第62回 日本ハム賞 募集テーマはこちら

京都大学大学院 農学研究科 特定研究員

奥田 結衣さん

採択テーマ
ナノ複合化技術による畜産副産物由来の丈夫なエコ構造材料の開発

畜産副産物を活用した複合材料で持続可能な世界を作る

近年、地球温暖化や石油枯渇、海洋ゴミなどの環境問題が深刻化する中、地球に豊富に存在する資源から製造でき、優れた物性と機能性を有するエコマテリアルの開発が注目されている。分子レベルで様々なスケールの素材を複合化する研究に取り組んできた奥田氏は、畜産副産物である骨や羽毛等を使った新しい構造材料の合成に挑戦しようとしている。

 

誰も試したことの無い組み合わせを探る

奥田氏が取り組む複合化は、有機物と無機物を組み合わせることで、単独の材料では実現できない高機能材料を開発する技術だ。これまでに植物由来原料のセルロースとリン酸カルシウムの一種であるヒドロキシアパタイトを複合化し、骨のようにしなやかで、高い耐水性を持つ生体鉱物を模倣した構造材料の研究に取り組んできた。石油由来エンジニアリングプラスチックやセラミックスに代わる材料として期待される一方、「セルロース以外の天然高分子にも着目し、さらに多様な材料開発を行いたい」と感じ始めていた。そんな中、奥田氏は畜産副産物に新たな可能性を見出した。「鶏の羽や豚の毛、骨など、畜産から大量に発生する未利用資源を複合材料に活用できないか」という発想から、畜産副産物を原料とした研究を発案し、日本ハム賞に採択された。

オール畜産副産物から産まれる新素材

毛や羽に含まれるケラチンは、軽量で柔軟性に富む一方、一定の強度も備えた魅力的なタンパク質だ。生皮に含まれるコラーゲンやゼラチンも、接着性に優れ複合材料の結合剤として機能する。さらに、骨から抽出したヒドロキシアパタイトが無機成分として構造材料に剛性を付与する。接着性の高いゼラチンも一緒に導入することで、柔軟な有機高分子と剛直なヒドロキシアパタイトがより強く結合し、複合体の靭性を向上させることができる。さらに、脂肪酸で周囲をコーティングすれば、疎水性と熱可塑性が加わり、より成形しやすい構造材料の創製が期待できる。畜産副産物のそれぞれの長所を活かし、素材の組成比を変えることで、硬さや柔軟性など、要求される物性に応じた材料設計が可能になるのだ。

鍵は生成プロセスの簡略化

畜産副産物を複合材料として活用する上で重要と考えているのがプロセスの簡略化だ。現時点ではケラチンやコラーゲンを原料から抽出・精製する工程が不可欠であり、そこにコストと手間がかかる。奥田氏は抽出プロセスの効率化や、場合によっては工程そのものを省略する可能性を模索している。当面は農業や畜産分野で使われるプラスチック代替品の開発を進め、最終的には、コンクリートやエンジニアリングプラスチック、さらには炭素繊維など、丈夫さが求められる構造材料の代替を目指している。「人類は、豚や牛、鶏など、たくさんの動物の命を頂いて生きています。ゆえに、その命をより無駄にすることのないプロセスを考え続けることは、私たち人類の最大の義務のひとつだと考えています」奥田氏の研究が進めば、互いの命をより尊重しあいながら、多様な材料開発が促進される、そんな豊かで持続可能な社会の実現につながるかもしれない。(文・尹 晃哲)