採択者の声

2022年9月公募第58回リバネス研究費

第58回 京セラ賞 募集テーマはこちら

東北大学 工学研究科 応用物理学専攻 助教

木崎 和郎さん

採択テーマ
光渦レーザーによるガラスのキラル選択的結晶化法の開発

キラルな無機材料が拓く円偏光活用

分子の立体構造が右手と左手のように重ね合わせる事ができない構造を持つキラリティという性質。この、キラリティに関する研究は有機化学分野と比較して無機化学分野ではあまり注目されてこなかった。キラル化合物の利用法の一つとして注目されるのが円偏光発光材料だ。もしキラルな無機発光材料が開発できれば、円偏光利用の可能性はより拡がると木崎氏は言う。

無機化学と有機化学の境界を歩んで得た気付き

木崎氏は元々、無機材料開発が専門だ。希土類を加えた蛍光セラミックの研究から希土類の魅力に惹かれ、磁気円偏光二色性の分析を使った希土類金属錯体の励起状態の磁性研究で学位を取得した。注目していたのは希土類金属だったが、有機金属錯体を取り扱ったことから、有機化学分野にも足を踏み入れることになった。ポスドク時代には内包フラーレンの合成と円偏光測定を行っていたが、このときに出会ったのがキラリティである。その後、改めて無機材料分野に戻ったときに「キラルなセラミックスの研究があまりない」ことに素朴な疑問を持ったという。分子そのものがキラリティを持つ有機化合物と比べ、無機化合物は結晶構造をとってはじめてキラリティを生じる。さらに、キラルセラミックスの左右のつくり分けや分光測定が難しいためあまり研究されてこなかったのだ。しかし、もしもキラルな無機化合物についての基礎情報を得られれば、有機化合物のように物性の計算予測なども可能になり、より材料として研究開発しやすくなるのではないか。そんな発想からキラルな結晶構造を持つセラミックス材料に関する研究を開始した。注目しているのは材料の円偏光発光特性だ。

光渦レーザーで結晶構造のコントロールに挑む

木崎氏が研究対象として選んだのはLBGOと呼ばれる無色透明でガラスにもなる強誘電体のセラミックスだ。LaBGeO5という組成のこの化合物は結晶化した際にらせん状の結晶構造を持つことでキラリティが生じることがわかっていた。分析のためにフラックス法という結晶育成法で結晶を得ていたが、得られる結晶のサイズは1 mm程度と極小だ。研究のための測定も苦労するが、このままではどんなにデータをとっても実用化につなげることはできない。そこで考えついたのが光渦レーザーを使ったキラル結晶製造法だ。LBGOガラスの熱処理を行うと、表面からガラス内部に向かって結晶が成長することがわかっていた。そこで、過去にキラル選択的結晶化の報告がある光渦レーザーを使ってガラス表面に微小なキラル源としてらせん構造を形成することができれば、通常の単結晶育成方法よりも低温かつ簡便な方法で選択的にキラルな結晶を得られるのではないかと考えたのだ。今後、この新たなキラル結晶製造法を検討していく予定だ。

無機素材の円偏光発光材料がもたらす可能性

すでに研究が進んだ有機化学分野では、計算により材料の発光スペクトルなどを予測できるまでになっている。木崎氏が目指すのは無機材料でも同じような事ができるように理論を確立し、無機材料開発をより進めやすくしていくことだ。京セラ賞への申請したのは、デバイスづくりに高い技術を持つ京セラから実用化に向けた知見を得たいという期待からだ。京セラ側もこれまでになかったキラルな無機化合物ができた先にどのような世界が生まれるのかに注目している。無機素材を用いた円偏光発光材料の最初の利用方法の一つとして期待しているのが、量子情報通信の伝送用デバイスだ。他にも、3D映写デバイスでの活用、より高効率な植物工場の光源など利用の可能性は多岐に渡る。キラルな無機材料の可能性がここから拡がっていきそうだ。