2022年9月公募第58回リバネス研究費
第58回 プランテックス先端植物研究賞 募集テーマはこちら
京都大学 生存圏研究所
市野 琢爾さん
- 採択テーマ
- 植物工場環境を利用した薬用植物ムラサキの水耕栽培技術の開発研究
希少な植物の最適な栽培条件を探る
植物細胞でタンパク質の働きと物質輸送の関係を調べている市野氏は、鮮やかな赤色の色素を持つムラサキという希少な植物を研究していた。この植物は栽培の難しさと乱獲から数が減少しているが、厳密な環境制御ができる植物工場を持つプランテックス社との連携により、安定的な栽培方法の探索が始まろうとしている。
色素への興味から始まった植物の研究
幼い頃から植物に興味があり、休みの日には森林や湿原に遊びにいくことが好きだった市野氏。京都大学の学部生の頃、植物園で色とりどりのバラの花を見た時、同じ種類なのになぜ様々な色が作られるのかを不思議に思い、植物研究の道に進んだ。現在では、赤紫色の根が特徴的な薬用植物であるムラサキの研究をしている。この植物は、根から分泌されるシコニンという成分に抗菌作用や止血作用があり、漢方や塗り薬として使われてきた。一方でその鮮やかな紫色の見た目から、古くから日本では染料としても使われてきた。色だけでなく日本の伝統にも関わる興味深い研究対象だと市野氏は言う。
ムラサキの成分分泌の仕組みを調べる
市野氏は、細胞内で生産されたシコニンがどのように分泌されるかを調べている。シコニンは、小胞体で合成されると、なんらかの方法で細胞膜まで移動し、細胞外へ放出される。このメカニズムの全てをいきなり解明はできないが、経路に関わる発見を一つ一つ積み重ねていきたいと市野氏は語る。そこで、現在はこの経路に関連するタンパク質の特定を目指している。そのために、ムラサキの培養細胞を使い、培養条件を調整することで、シコニンを合成する細胞としない細胞を作製した。シコニンを合成する細胞は同時に分泌も行っているので、この細胞で翻訳されているタンパク質は分泌に関わる候補だと言える。今後は、発見した候補のタンパク質を阻害した時に分泌が止まるのかを調べ、実際に関わっているかを調べる予定だという。
栽培条件を植物工場で最適化する
ムラサキはその栽培が難しく、日本でもその数が減少している。市野氏も研究室で育てていたが、うまくいかなかったという。研究室の設備では、光、温度、栄養などの条件を調整することが難しく、細胞の培養で得られていたシコニン合成に関わる条件も、植物体では検討できなかったという。そんな中で今回のリバネス研究費プランテックス先端植物研究賞の公募を知り、栽培環境を制御できる植物工場であれば、安定して育てられ、シコニンの生産効率も上げられるのではないかと考えたのだという。採択後、プランテックス社が独自に開発した、閉鎖式で厳密な環境制御が可能な植物栽培装置である「Culture Machine」の利用も含め、具体的な実験の進め方を議論中だ。ムラサキの栽培方法が確立できれば、自身の研究に使用できるのはもちろん、希少物質であるシコニンの植物工場での量産に向けた検討や、日本での自然種の維持にも繋がるのではないかと市野氏は語る。ムラサキで成功すれば、絶滅が危惧されている植物での応用にも発展しそうだ。市野氏の植物への情熱がプランテックス社の技術と交わることで、希少さゆえに研究できなかった植物の可能性が広がることが期待される。
(文・八木佐一郎)