採択者の声

2021年6月公募第53回リバネス研究費

第53回リバネス研究費 吉野家賞 募集テーマはこちら

国立研究開発法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 独立研究者

今村 岳さん

採択テーマ
ニオイセンサーを用いた生ゴミ臭の検知

ニオイを測る文化を創り、人の価値創造を加速する

旧来型のニオイセンサは、不安定さや大型であることで、広く社会実装がなかなか進まない課題がある中、これまでの常識を覆す次世代型ニオイセンサとデータ分析技術を生み出したのが物質・材料研究機構の今村氏のチームだ。嗅覚がセンサ化されることで実現される未来を伺った。

※臭い・匂いの総称として本記事では“ニオイ“の表記を用いる。

五感センサ実現の最後の砦“嗅覚”

嗅覚は、人間の五感の中でセンサの実用化が最も困難とされている。特性の異なる複数のガスセンサを用いて試料を測定し、各センサの応答を解析して試料を推定するニオイセン サは、1982 年に初めてニオイ識別の成果が報告されて以来、 世界中で研究が行われてきた。食品の品質管理や住環境のモ ニタリング、薬物の検知など、その応用は多岐にわたるが、一般的な環境ではニオイ分子の濃度が極めて低いこと、センサシグナルの解析が複雑なことから、技術の実用化にはまだ課題が多い。また、既存のニオイセンサは高価・大型で、ポンプを用いた精密な測定作業が必要なため、産業利用がなかなか進まないのが現状だ。そんな背景から、実産業での活用には、小型・安価・簡易でありながら正しくニオイを評価できるセンサ技術の開発が求められてきた。

超小型・高感度・低消費電力の膜型表面応力センサ

今村氏のチームが開発したのは、膜型表面応力センサ(通 称・MSS)と呼ばれるセンサを用いたニオイ測定システムだ。MSS は 2011 年に物質・材料研究機構の吉川元起氏らが開発したセンサで、超小型・高感度・低消費電力という特長を持 つ。現在主流である酸化高半導体型のガスセンサは、検知対象のガスが、加熱した酸化物半導体表面で化学反応を起こし
た際の電気抵抗を計測するため、高温動作・高消費電力となる。他にも、水晶振動子、圧電薄膜など、ガス吸着・吸収に 伴う共振周波数の変化を検知するセンサは振動に弱いという課題がある。その一方で、MSS は感応膜の材料がニオイ分子を吸収・膨張した際のたわみをセンサで計測・分析することで、高感度に種類を特定できる。感応膜の素材変更で、計測可能な分子も変わるため、理論上はあらゆるニオイの計測 が可能だ。そして、センサシグナルの解析に制御工学の概念と機械学習を導入することで、センサ素子をかざすだけの “ フリーハンド測定 ” を実現。ポンプを用いることなく数 mm 程度の MSS チップをかざすだけで測定が可能となり、小型化・省電力化を実現した。

ニオイの計測が日常に溶け込む時を目指して

𠮷野家では、既存の飲食業の範疇を超えるような市場創造・ 価値提供を実現し、飲食業の再定義を目指している。ニオイ を測る文化を共に創り上げることで、飲食業界においても、食品の変化や店舗環境の変化など、人では気づくことができ ないニオイを検知し理想的な食事空間の創造につながるのではないかと考え、今回の採択が決まった。機械に代替できる 部分は MSS を活用し、人だからこそ発揮できる感性の価値は人が存分に発揮する、そんな世界を目指して今村氏は開発を推進している。「 MSS をスマホのように当たり前の存在として普及させることで、“ ニオイを測る ” 新たな文化を作る 」 と話す今村氏。壮大な目標達成に向けて共に取り組む𠮷野家という仲間が見つかり、今後は更に活動の幅を広げていく。

(文・内山 啓文)