人とモノとの境界に設計の力が宿る 折坂 聡彦
<以前のコンテンツ:特集:研究を加速する 空間デザインを考える
空間デザインは、人々の行動や感性にどこまで影響を与えることができるのだろうか。「人のつながりと新しい価値観・体験・未来を作りだす」ことをミッションとする株式会社マイロプス代表取締役CEOの折坂聡彦氏にコミュニケーションを促進する空間デザインの要と今後の可能性について考えを伺った。
人とモノの関係性をデザインする
そもそもデザインとは、計画・設計の意味をもつ。「デザインは感覚的なものと思われがちですが、本当はロジックがあるんです」。日本ではデザインとアートが混同されていることも多いと折坂氏は話す。両者の大きな違いは、目的があるかどうかだ。きちんとデザインされたモノと触れ合うと、人は意識的・無意識的に関わらず設計者の意図を理解し、何も説明されずとも目的に沿った使い方や行動を取る。例えば新しい会議室を作る際、家具の配置やライティングなどを緻密に計算し設計することで、コミュニケーションの活性化も可能なのだ。
マイロプスでは人と人、人とモノの関わりを“設計(design)”することでスムーズな動きや関係性の構築を行うことを目指している。「人とモノが接するところにはデザインの必要性が生まれます。ここ数年ではアプリケーションの操作やロボットの操縦を始めとして、人とモノの境界に単なる物理的接触以上の意味をもたらすテクノロジーが増えており、まだデザインが整備されているとは言い切れない場面も多々あります。テクノロジーをより有効なものにしていくためのデザイン実装が必要だと考えています」。
相互理解が設計の要
効果的なデザインを行うためには、設計者(デザイナー)によるユーザーへの深い理解が必須だ。「もし僕が研究室を設計するなら、人が触れる順番に洗い出していきます」。その空間で過ごす人物は毎日どのような動線で行動するのか、より多くの人に共通する動きは何か。ヒアリングを重ねながらより具体的にイメージすることで重要度の高い機能が浮かび上がってくる。必要な要素が出揃ったら、次は空間の全体像を捉える。既定の空間内のどこにどのパーツを配置するのが最も効果的か考えながら徐々に詳細を詰めていくのだ。折坂氏によれば設計者がどれだけゴールを明確に、正しい方向に向かって描けるか、そしてそれをユーザーと共有できるかがデザインの成功率を高めるという。「ユーザーが実現したい機能や効果について具体的なビジョンを持つこと、プロである設計者がきちんと伝わる言葉でゴールを共有できることの2つが揃うことが重要だと思います」。そのためには“なんとなくかっこいい”というような感覚的な表現ではなく、根拠をもってデザインの効果を説明できなければいけない。
人間を知り、知見を蓄積する
今後は家具の色や高さがもたらす心理的効果、ユーザー集団の平均的な体型、文化や宗教的な観点に基づいた動線など設計の基盤となるデータを蓄積していくことも必要になるだろう。曲線を見たときに感じる印象や手にしたときに心地良いと感じる物体の大きさや形のデータなど、心理状態をコントロールする要素をデザインに落とし込んでいくことで、ユーザーにとって理想的な空間デザインの実現が可能になる。「我々は人間のことをもっとよく知り、エビデンスを提示して、説得力のある提案をしていかなくてはならないと感じています」。現状では国内におけるデザイナーと研究者の共通プラットフォームは極めて小さいが、海外を見渡してみるとMITメディアラボで行われている芸術の領域まで踏み込んだ工学の融合研究といった先行事例も存在する。現在、加速度的にデータ蓄積が進む人間の感性や心理、行動等に関わる研究分野の知見が活用可能な形で公開されていけば、両者の距離感は縮まっていくに違いない。コミュニケーションデザインという研究領域が明瞭な輪郭を持って形作られ、活気を帯びるための具体的な仕掛けを今後は自分たちでも手掛けていきたいと折坂氏は語ってくれた。サイエンスとテクノロジーがますます高度化していくなか、アカデミアで生み出された研究成果をスムーズに社会に実装していくために、デザインの力が介在する価値は高まっていくだろう。マイロプスの今後の活躍に注目してほしい。(文・中嶋 香織)
次ページでは、実際のアカデミアの研究現場で行われている研究者のビジョンを体現させた空間デザインの事例を取り上げ、いままさに実現しつつある興味深い試みを紹介する。
株式会社マイロプス
代表取締役CEO
折坂 聡彦 氏
PROFILE 中央大学理工学部卒業。2008年株式会社マイロプス代表取締役CEOに就任。人のつながりと新しい価値観・体験・未来を作りだすをビジョンに掲げ、ウェブデザインをはじめ様々な活動を行う。