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  • 第49回リバネス研究費 ニップン 食のイノベーション賞 採択者 伴 祐樹さん

2020年6月公募第49回リバネス研究費

第49回リバネス研究費 ニップン 食のイノベーション賞 募集テーマはこちら

東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教

伴 祐樹さん

採択テーマ
食事の経過状況に応じた食物内の糖分・塩分量の設計による味印象変化手法

人の健康に寄与する新しい食の錯覚体験

かき氷のイチゴ味とメロン味は、味の成分はほぼ一緒にも関わらず色や匂いによって感じる味が違う。ある感覚が、別の感覚の影響を受けて起きてしまう錯覚をクロスモーダル現象(感覚間相互作用)という。伴氏は、このクロスモーダル現象を利用した新しい手法で食の分野に挑戦している。

感覚を“ずらす”ことの魅力

学部時代は建築学科にいた伴氏は、ポストモダン建築の一つ「 脱構築建築 」が好きだった。本来、垂直・水平であるはずの建物が、今にも崩れそうに歪んでいるにも関わらず建っているという、自分の知覚に大きな“ずれ”をもたらす点に興味を持っていた。そんな時、当時まだ珍しかったVR/AR技術に出会う。空間の知覚そのものを変えてしまう革新的な技術に「これだ! 」と衝撃を受けた伴氏は、建築学科からの転学科を決意。以来、VR/AR技術を活用して感覚どうしの相互作用を操作し、人の知覚を変化させる研究に取り組んできた。例えば、 AR技術を用いて食べ物のサイズを仮想的に大きく見せ、同量の食事でも得られる満腹感を操作する研究など、人の知覚の“ずれ”をヒントにユニークな錯覚体験を提案してきた。

生活に溶け込む食の錯覚体験を

食という体験は味覚や嗅覚、触覚など複数の感覚が相互に影響しあう、まさにクロスモーダルな分野だが、VRやARを用いるには特別なデバイスが必要であり、日々の生活に溶け込みにくいという課題も感じていた。そこで今回は、食品自体に仕掛けを施すことを考えた。食事の食べ始めから食べ終わりまで、味に対する人の印象は、必ずしも一定ではない。伴氏の仮説(図)は、「食べ始めなど味への印象が強い時に糖分・塩分量を多くし、逆に弱くなる食事途中で糖分・塩分量を減らせば、全体の摂取量を抑えながら、味の印象が変わらないよう操作できるのではないか」というものだ。食品の見た目を変えずに、時間の経過に沿って成分量だけ変化させ、健康的な食事を実現する。伴氏の得意とする人の感覚を“ずらす”技術が活きている。

人の感覚から食の分野に切り込む

本テーマを採択したニップンも伴氏の研究に期待を寄せる。「食品の開発というと、おいしさや機能性にフォーカスしがち。人の認知特性をうまく利用して健康な食を提供する、というアプローチに新しい可能性を感じた」という。伴氏が所属する現在の研究室は、脈波などの生体情報を含め人の状態のセンシングに長けている。「今後は人が感じるおいしさのセンシングも進めたい。これまで私がやってきたクロスモーダルな感覚提示と、センシング技術。食の分野はその両方が活きるので、やらない理由はありません」。伴氏が創っていく新しい食の価値に、今後も目が離せない。
(文・西村知也)