
2024年9月公募第66回リバネス研究費
第66回 東洋紡 高分子科学賞 募集テーマはこちら
名古屋大学 大学院 理学研究科 理学専攻 博士後期課程2年
伊藤 正子さん
- 採択テーマ
- 微生物の包括による マイクロプラスチック分解可能な船底塗料の開発
ポリマーで微生物を包む~材料開発の発想を広げる~
有機化学とバイオサイエンスの融合から生まれた「自己修復性ポリマーに微生物を封じ込める」というアイデア。名古屋大学大学院の伊藤正子氏は、多様なバックグラウンドを持つ仲間とともに地球環境課題の解決に資する新しい材料開発に取り組んでいる。これが実現すれば、次世代の材料として新たな展開を見せる可能性がある。
化学×バイオで新しいものをつくりたい
実験が好き。そんな純粋な動機が伊藤氏の研究キャリアの原点だ。幼い頃から医療や薬への関心があり薬学部志望だったが、最終的に理学部を進学先として選んだ。現在は、大学院の博士後期課程で構造有機化学を専攻し、近赤外領域で吸収する有機化合物の合成研究を進めている。「光る分子を作りたい」と語る伊藤氏は、バイオイメージングなど生体応用も視野に入れて、機能性色素分子の設計や、近赤外領域に吸収帯をもつ分子の合成などを行っている。
そして、今の研究テーマに加えて、異分野の仲間たちと進めるもうひとつのチャレンジにも奔走している。その中心にあるのが、プラスチックを分解する微生物を自己修復性ポリマーに封入し、船底塗料にするというテーマだ。伊藤氏が所属する名古屋大学の卓越大学院「トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム」では、学生が分野横断型のチームを編成し、融合的な研究を推進することが奨励されている。今回のプロジェクトも、その中で出会った学生5人によって立ち上げられた。
ポリマーの設計から合成、検証までチャレンジ
このテーマを実現する鍵となるのが、微生物が封入できるよう柔軟な構造、自己修復性や光応答性など複数の特徴をもったポリマー材料の合成だ。そこで、伊藤氏らは様々な先行研究を調べた。ポリマー鎖同士の隙間を柔軟に広げることができるというロタキサン構造や、光を照射すると開環反応を起こす構造などを組み合わせて、ポリマー全体の構造を設計した。また、生存を妨げない条件下で微生物をポリマー封入するために、高温高圧を必要としない自己修復性も必要だ。この研究テーマはまだ構想段階で、現在は目的のポリマーを合成することに挑戦中だ。その後、微生物が封入できるか、封入を終えた微生物含有ポリマーを用いてプラスチック分解がどのくらい可能かを検証する。「自己修復ポリマーで何かを包むという発想の概念実証までやってみたいです」と伊藤氏は意気込む。
次世代材料としての可能性
新しく開発したポリマーを船底塗料として利用することを考えると、封入された微生物は乾燥に耐えられるのか、海洋で生分解がどのくらい進むのか、環境負荷はないのかなど、実装までのハードルも多い。しかし、東洋紡の社員とのディスカッションでは、下水処理場でのマイクロプラスチック除去フィルター材など、他の用途開発の可能性も考えられるのでは、という意見が出た。自己修復性ポリマーに微生物を封入するというアイデアは、海洋分野に限らず、環境浄化やバイオマテリアル設計など、多方面に応用可能なコンセプトだ。伊藤氏とそのチームが、化学とバイオの融合で社会にインパクトを与える第一歩は、今まさに踏み出されたばかりだ。(文・濱口真慈)