
2024年9月公募第66回リバネス研究費
第66回 東洋紡 高分子科学賞 募集テーマはこちら
東京大学 大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 特任講師
増田 造さん
- 採択テーマ
- 構造-物性相関を解釈可能な機械学習による 高分子界面の動的な濡れ性の理解
精密合成と計算で、身近な「濡れ」現象を解き明かす
採択授与式に合わせて実施された東洋紡総合研究所の見学ツアーで、野菜を包むフィルムに強く関心を示した増田造氏。フィルムの濡れ性制御により、瑞々しい野菜と接触してしまってもまったく曇りや水滴がつかない様子に「感動しました」と興奮して話した。そんな増田氏は10年前から材料の「界面」の研究に携わってきた。最近は身近ながら奥が深い現象「濡れ」に注目している。
身近な不思議「動的な濡れ性」
固体と液体の接触における、液体の付着しやすさを示す「濡れ性」。固体平面と水滴の端がつくる角度(接触角)で表現されることが多いこの性質だが、実は撥水加工のフライパン表面を水滴が滑るような動的な状態では撥水性の起源は非常に複雑である。学生時代から高分子界面の精密合成を行っていた増田氏は、この「動的な濡れ性」の理解を深めるべく、ポリマーブラシの膜厚をナノメートルオーダーで精密に調整し、液滴との接触角の変化と滑落度合いの相関を調べる研究を構想している。
ピンチを機会に変えて、機械学習によるモデリングに取り組む
研究を進める中で、新型コロナウイルスの影響により、ラボの利用時間が約60%に制限される事態に直面した。そこで自宅でも研究が進められるよう、学生と共に機械学習とモデリングの手法をゼロから勉強。構造制御された高分子界面のデータベースをつくり、機械学習による解析により、表面の部分電荷など化学的性質を推定できる計算モデルを構築した。「論文投稿した際に査読者から厳しいコメントを受けましたが、追加の解析をすることでより知見が深まりました」。結果として、高分子側鎖の官能基を変えた際に接触角がどう変化するかまでを計算することができるようになった。さらに、このモデルの手法は分子スケールの吸着現象の予測にも展開されている。東洋紡高分子科学賞に採択されたテーマは、このモデルを出発点として、高分子合成と機械学習による構造-物性相関解析手法を動的濡れ性の解析に拡張する提案だ。接着・洗浄・吸着・防氷など日常目にする様々な現象の根底にある性質の理解に繋がると期待される。
サイエンスとアプリケーションの両方に向き合う
東洋紡高分子科学賞の採択を受け、授与式の際に研究所の見学も行った増田氏には、「表面化学をつかったアプリケーションを開発したい」という野望が芽生えたという。今の計算モデルが対象とする液体は水だけだが、「食品が付着しないためには、水と油と有機物の混合物での濡れ性を考える必要があります」。大学の中で基礎から研究を行っていると、水と油を同時に弾くという発想自体が生まれなかった、という。
今回の研究費を通じて「実物に向き合うイメージを肌で感じられた」という増田氏。精密合成と計算モデル構築という自身の武器を拡張していくことで、表面化学に新しい知見をもたらしたい。さらにはフッ素樹脂やシリコーンのような、優れた撥液性を持つ一方で難分解性であることが社会課題となっているものに代わる、新たな材料の発見・設計に繋げたいと話す。
専門家だけでなく、誰にとっても身近な撥水現象の基礎にとことん向き合う増田氏の研究から、やがて新しいサイエンスと、身近に使われる材料の両方が生まれてくるかもしれない。(文・伊地知聡)