採択者の声

2024年9月公募第66回リバネス研究費

第66回 日本ハム賞 募集テーマはこちら

北海道大学 工学研究院 准教授

藤井 宏之さん

採択テーマ
食肉品質評価に向けた食肉の構造と光散乱の定量関係の解明

散乱光の解析で、肉のおいしさの指標を創る

「食の未来を、もっと自由に。~あたらしい食のカタチを創造する研究~」をテーマとして募集した第66回リバネス研究費日本ハム賞に採択されたのは、「散乱」現象を追求してきた北海道大学工学研究院の藤井宏之氏だ。散乱現象の解析により、肉の美味しさを追求する。そんな研究が、日本ハムとの連携によりスタートする。

拡散モデルの研究を、豆腐に活かす

 藤井氏は大学院生時代、過冷却液体状態における金属ガラスの挙動を数理モデル化する研究を行っていた。そこで扱った拡散モデルの知識を武器に、ポスドクとして勤務した東京都医学総合研究所では腫瘍診断等に際して体内で光がどう拡散するか、解析を進めた。その解析の対象が食品へと移ったのは、「大豆製品が好き」というシンプルな理由だ。豆乳ににがりを加えるとタンパク質が凝固し、豆腐ができる。豆乳は脂肪滴をタンパク質が取り囲んだサブマイクロスケールの粒子が分散した溶液であり、そこに凝固剤が加わることで粒子間の結合が生まれて網目構造が作られる。この状態変化を光の散乱特性の解析により評価できないか。工学研究院の研究室内で、エバポレーターを使って豆乳の濃縮具合を変えたりしながら研究を進めていた。

内部で散乱して戻る光から情報を得る

 食品など複雑な内部構造を持つ物体にパルス光を照射すると、光の一部は物体内部に浸透し、その波長と構造体のサイズの関係性に応じて反射、散乱を起こす。物体内部で光は複雑な軌道を通り、そのうち物体の外に抜け出して検出器に捉えられる。パルス光の入射から検出までの時間がばらついているほど、内部では多くの散乱が起き様々な経路を辿ったことを示しており、散乱係数が大きい、と評価できる。豆腐の網目のような内部構造のサイズと散乱係数の相関を解析することで、非破壊的に構造特性を定量評価するのが藤井氏の研究の狙いだ。「光による物体の化学組成評価に近赤外分光法が広く用いられていますが、構造情報はほとんど評価されていません。従来の分光法では解析の際に除去されている散乱光を活用することで、10μm以下程度の微細な構造の情報を取得できる可能性があります」。藤井氏は日本ハム賞の募集テーマを見たときに、この手法を筋繊維の円柱構造の評価に使えるとひらめいて申請し、採択に至った。

新しいおいしさ指標の確立を目指して

 日本ハム中央研究所も参加した授与式の後のディスカッションは、大いに盛り上がった。藤井氏は申請時点ではハムなどの加工品の品質保証や、熟成肉の熟成度合いの定量評価に繋がるのではと考えていた。一方で日本ハム側からは、加工品にとどまらず、広くこの技術の応用可能性が提示された。従来の評価方法は様々な前処理をする複雑な検査が多いことが課題であり、これにとって代わり非破壊で肉のおいしさを測る方法が望まれていた。そこに藤井氏の提案手法が活用できるかもしれないのだ。中央研究所長の岩間氏は「工場のラインに入れるところまで、一緒に進めましょう」と力強く話す。今回の研究費を通じて生まれた連携から、パック肉のラベルにおいしさ情報を付与できる未来に繋がるかもしれない。(文・西山 哲史)