
2024年6月公募第65回リバネス研究費
第65回 リアルテックファンド賞 募集テーマはこちら
大阪大学 理学研究科 助教
小林 裕一郎さん
- 採択テーマ
- 硫黄ポリマーの社会実装に向けた研究開発
プラットフォームを構築し、700万トンの廃棄硫黄を使い切る
100年後の豊かな地球の実現に貢献する研究を支援する―この目的のもと、UntroD Capital Japan株式会社が設置した本賞。その採択者に選ばれたのは、「超分子」の概念を硫黄ポリマーに導入し、さらに「プラットフォーム化によって硫黄ポリマーの可能性を切り開く礎となる」とのビジョンを掲げる、大阪大学の小林氏であった。
硫黄の宿命を変える挑戦
化石燃料の使用を前提とする現代社会であるが、原油精製の際に多量の硫黄廃棄物が生じていることはあまり知られていない。諸外国では地上投棄されるのが一般的だが、粉末硫黄は発火しやすいため、我が国では消防法により硫黄は危険物指定されており、130°C以上に加熱した溶融硫黄の状態で保存される。廃棄物に対する大量のエネルギーの投入は、環境的にも経済的にも非合理的だ。「副生成物として生じる硫黄は、化学物質や肥料、プラスチックの加硫に使用されますが、国内だけでも年間約700 万トンが使いきれずに残ります」。こうした硫黄を原料としたポリマー材料の創出に取り組むのが小林氏だ。
「ほとんどのポリマーは石油を原料とします。この状況を変えたいと考える中で、逆に、石油産業から廃棄される硫黄を活用できないか、と考えるようになったのです」。静電容量・結合の可逆性等といった硫黄ならではの特性を活かすことで、新たな機能を有するポリマーを創出できる可能性があった。しかし、硫黄ポリマーの合成には高温が必要で環境負荷が高く、得られるポリマーは不安定で分子量も低いため社会実装は困難であった。
これに対して小林氏は、弱い相互作用により分子が自己集積するという「超分子」の概念を導入し、世界で初めて硫黄ポリマーの室温での合成にも成功した。さらにそれは安定性と加工性を兼ね備えていた。しかし、強度試験の結果、従来の樹脂やゴムと比べて使いにくい材料であることも分かった。「どうすれば硫黄ポリマーが実際に役立つものになるのか?」小林氏は炭素ポリマーの超分子が社会実装されていった歴史を振り返り、それを硫黄ポリマーでなぞれないかと考え始めた。
循環型材料を生み出すための営み
炭素ポリマーでは、多様な構造と特性が系統的に研究され、そこに超分子技術が導入されることで、自己修復材料や刺激応答性材料、強靭性を持つ高機能な材料が生まれた。一方、硫黄ポリマーに関しては、十分に系統的調査が行われておらず、「連鎖重合」の研究に偏り「逐次重合」を用いる研究はほとんど進められていない。
この課題を解決するため、小林氏は、硫黄ポリマーのプラットフォーム構築を目標に掲げた。炭素ポリマーと同様に、硫黄ポリマーにも標準的なプラットフォームを確立することで、多様な応用が可能になることを目指している。具体的には逐次重合に着目して、従来は高温でしか合成できなかった硫黄ポリマーを室温で合成可能な手法を開発し、生産プロセスを簡略化することで産業利用の可能性を高めることを目指している。「社会実装を進めるには、良い材料を作るだけでは不十分です。実用性と経済性も重要な指標なのです」と語る小林氏。研究段階から「低温での合成」「簡易なプロセス」「低コスト化」を意識し、実用化を見据えた研究を進める計画だ。この取り組みにより、硫黄ポリマーが真に循環型材料として社会に貢献する未来が見えてきた。(文・石尾 淳一郎)