採択者の声

2023年6月公募第61回リバネス研究費

第61回 𠮷野家賞 募集テーマはこちら

慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 博士後期課程

陳 韋蓁さん

採択テーマ
Cymatics Seasoning

音が生み出す波面で味覚をデザインする

味覚は、化学的な成分だけでなく、温度や食品の形、電気刺激によっても感じ方を変化させることができる。陳氏は、デザイナーとしての経験から、Cymaticsという現象が飲食物に与える視覚的な形の変化と、音の振動による触覚の変化が、味覚に与える影響を検証するという、新たな着眼点を得た。

デザイナーとして出会ったCymaticsという現象

学部では、台湾でデザインを専攻していた陳氏。台湾全国を周り、各地の菓子類などの名産品を作る音を録音、可視化して、パッケージに表現する最終学年プロジェクトに取り組んだ。音をパッケージに模様として写し取るために、色のついた液体に録音した音を大音量で当て、波面を出すことを試みた。その時に出会ったのが、Cymaticsだ。Cymaticsとは、砂や水などの媒質を使って、音や物体の固有振動を可視化することや、その現象の研究を指す。古くから幾何学模様の発生や、音波を体に当てることによるセラピーへの応用等に使われて来たが、それが食の楽しみに影響するかを論じた研究はなかった。形による味の変化という点では、チョコレートは、形によって、色々な感覚刺激が組み合わさり、感じられる甘味や苦味といった味が異なることが報告されている。Cymaticsにより、飲食物の表面に異なる模様のパターンを表現できるのであれば、それによって、味の変化を起こすことができるのではないか。そう仮説を立てた陳氏は、博士研究として、Cymaticsを使った新たな手法での味のデザインに取り組んでいる。

液体の波面が味の感じ方に影響

 陳氏は慶應義塾大学で所属の研究グループEmbodied Mediaの南澤孝太教授らと共に、桝の内側に、異なる周波数を発生できるスピーカーを配置し、上部のお椀状の容器に入れる液体の表面に、様々な模様の波面を生む装置を開発した。桝を使うことで、耐久性を保ちつつ電子装置を外から隠し、実際の飲食シーンに合わせることを狙った。この装置を用いて27.5Hz〜659.2Hzまで、10段階に異なる周波数を発生させると、振動数毎に、万華鏡のような美しい波面が液面に浮かび上がる。波面を見ながら飲料を飲んだ時、味がどのように変化したか、42人の被験者に対して官能試験を行ったところ、最もゆったりとした27.5Hzの波面で、有意な苦味の増強が見られたそうだ。今後は、Cymaticsが味に与える影響に関する研究を進め、無線でポータブルな装置の開発にも取り組む予定だ。

波面の変化で食の楽しみが増幅することを目指して

 データがより詳細化されれば、将来的に、コーヒーや日本酒、ワインといった飲料の風味をCymaticsで好みにカスタマイズするような新しい楽しみ方が可能になるかもしれない。低糖、減塩の食事や、流動食に応用できれば、健康を維持しながら、より美味しく楽しい食生活を送ることに繋がる。𠮷野家との連携においては、陳氏は特に、出汁や醤油のような日本食の風味をCymaticsによって変える研究を検討しており、陳氏が修士課程時に在籍したイタリアのデザインスタジオTDFKと共同で、Milan Design Weekへの出展を目指すなど、積極的だ。デザイナーとしての視点から、Cymaticsによる形状変化という新しい要素が、テクノロジーと共に食に付与されることで、私たちの食生活がより豊かになる未来が来るかもしれない。

(文・神藤 拓実)