2023年9月公募第62回リバネス研究費
第62回 東洋紡 高分子科学賞 募集テーマはこちら
滋賀県立大学 工学部材料化学科 講師
伊田 翔平さん
- 採択テーマ
- 両親媒性交互共重合体が混合溶媒中で示す特異的溶解性の包括的理解
高分子の溶解性を理解し、その先の可能性を想像する
水にも溶けない。アルコールにも溶けない。しかし、水とエタノールの混合溶媒には溶けた……。滋賀県立大学の伊田翔平氏は、研究室の学生が試行錯誤する過程で、ある交互共重合体が共良溶媒性を示すことを発見した。この現象の原因を解明することが、高分子科学だけでなく他の分野の発展にも寄与できると期待している。
「大雑把」に捉える、高分子はそれが面白い
「高分子は、他の分野に比べたら少しいい加減なところがあるかもしれません」と伊田氏。たとえば、原料となるモノマーを容器の中で反応させてつないでいったとき、反応後の容器の中には、モノマーの並び(連鎖配列)や分子の長さが異なるポリマーが混在している。均一な分子がたくさん得られるわけでもなく、ポリマーを1つ1つ取り出してその性質を議論できるわけでもない。「バラバラな分子の集合体をどうやって近似して考えるか。ある意味『大雑把』でいかないと、全体を捉えられない。それを前提にしているところが高分子の面白いところだと思います」。高分子の鎖を構成する要素は炭素( C )がメインだが、そのつなぎ方・並べ方は無限にあるところにも魅力を感じている。
試行錯誤の中で発見した、初めての現象
今回の採択テーマの元になっているのは「、モノマーが交互に並んでくれれば、連鎖配列のバラつきは無視できるのではないか」というアイデアだ。そこで、疎水性モノマーであるエチルマレイミドと親水性モノマーである2-ヒドロキシルエチルビニルエーテルが交互に並んだ「交互共重合体」を合成し、それが水の中でどんな性質を示すのかを調べることにした。しかし、困ったことに、水にまったく溶けなかったのだ。他の溶媒も検討してみると室温ではエタノールなどほとんどのアルコールにも溶けなかった。さらに研究室の学生が試行錯誤する中で「水とエタノールの混合溶媒(水の割合は5〜70%)には溶ける」ことを発見した。2成分を等しく含む共重合体がこの「共良溶媒性」を示した例は、過去に報告がない。今後、この初めての現象の発現機構を解明するため、分子量や配列の異なるポリマーを合成し、水と様々なアルコールの混合溶媒への溶解性を徹底的に調べていく計画だ。
基礎を極めた先に可能性が広がっている
「溶ける」という現象に関する知見を深めることは、高分子科学における基礎学理の構築や高分子材料設計の新しい指針につながるのはもちろんのこと、生命現象の解明にも寄与できるのではないかと伊田氏は考えている。水に溶ける部分と溶けない部分を持っている、私たちに最も身近なポリマーが「タンパク質」だ。タンパク質ごとに特定の立体構造をとって様々な機能を発現しているが、よくわかってないこともまだまだ多い。「今回の私のテーマは、水に溶けるところと溶けないところを併せ持ったポリマーが溶媒中でどう振る舞うかを理解するところの手助けになると思います」。自分の興味のある高分子を極めていった結果が実は「、生命など異分野の現象理解につながっていた」ということがわかるかもしれない。自分の研究を起点にした分野を超えた広がりを、伊田氏自身も楽しみにしている。(文・磯貝 里子)