2023年9月公募第62回リバネス研究費
第62回 東洋紡 高分子科学賞 募集テーマはこちら
九州大学 先導物質化学研究所 助教(特定プロジェクト教員)
塩本 昌平さん
- 採択テーマ
- 医療用材料開発の加速化に役立つ「抗血栓性評価システム」の創成
ユニークな分析手法でバイオマテリアルの未来を広げる
目に見えないサイズの現象を取り扱う化学領域の研究においては、多様な分析機器が活躍する。東京理科大学の塩本昌平氏は、分析装置のユニークな使い方を考案し、基礎的な現象の解明に切り込もうとしている。
分析装置好きだからこその斬新な閃き
「本当に好きなんですよね、分析装置」と屈託のない笑顔を見せる塩本氏。様々な装置を使った測定では、出てくる数値やデータを見て、それらがどういう原理で出てきたものなのかを1つ1つ細かくイメージしてきたという。「同じ装置でもメーカーによる性格の違いがある。各装置の特性などを掴んでおくと、ふとした時に新たな用途開発を思いつくことがあります」。過去には、フジツボの幼生を微小なカンチレバーに固定化することによって、新しい「接着力測定方法」を編み出すなど、従来用途に捉われない独自の着想を発表したこともある*。本賞の授与式で訪れた東洋紡の総合研究所でも、多種多様かつ高度な分析機器に目を輝かせていた。
* S. Shiomoto et al., Polym. J., 2019, 51, 51-59.
偶然が生んだ抗血栓性の新評価手法
今回の採択テーマは、食品などの粘性を測定する機器「レオメーター」を用いて血液凝固の経時変化を評価し、「抗血栓性」の新たな測定手法を開発するというものだ。血栓が生じにくい材料の探索は古く1950年代から行われてきたが、その初期検討は静置系または定常流で行われるのが普通であった。これでは血液内の特徴的な吸着・脱着をもたらしている「拍動流」を再現できてない。塩本氏が提案する手法では、試験材料をプローブとステージに貼り付け、その隙間に血液のモデル液体を挟み込み、拍動のような断続的な回転応力を与える。これにより、血液凝固因子であるフィブリノーゲンのゲル化観測システムを確立できれば、レオメーターを用いたハイスループットな医用材料スクリーニングに向けた進歩的な試みとなる。この着想は、偶然の産物だった。九州大学教員時代にエジプトから来日した研究者から急に「レオメーターが使えるならゲル測定をぜひやってほしい」と頼まれたことがあった。その経験が元になり、新型コロナウイルス感染症の流行で露呈したECMO( 体外式膜型人工肺 )の血液凝固課題とゲル測定がつながり、今回の着想に至ったのだという。
分析で未来のバイオマテリアルに貢献したい
自身の研究理念を「分子の世界を想像し、現象を理解・説明する。そして、科学の発展に貢献する」と言語化している塩本氏。その方向性は、人類の健康に寄与する「新しいバイオマテリアル」にあるという。「ナノメートルの加工技術ができたから半導体の容量や性能が飛躍的に向上したように、バイオマテリアルでもそれを起こしたい」。他の領域においても、従来にはないハイスループットのデータの蓄積手法を構築し、分子設計指針に還元していきたいと考えている。分析にかける想いと、斬新な発想力が、これからの高分子科学をさらに盛り上げてくれそうだ。(文・伊地知 聡)