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2022年9月公募第58回リバネス研究費

第58回 フォーカスシステムズ超異分野賞 募集テーマはこちら

ペンシルバニア大学 特別研究員・麻布大学 獣医学部獣医学科 客員研究員

吉本 翔さん

採択テーマ
イヌとネコのがん患者の予後予測における機械学習の有用性の検討

獣医療のフィールドで個別化医療を実現する

国内の死亡原因の第一位はがんであるが、これは人間に限った話ではない。がんは、イヌやネコにおいても主たる死亡原因となっている。医学と獣医学の発展により、分子標的薬やがん免疫療法など有効性の高い治療法が開発されてきている一方、治療法の多様化に伴いがん治療が複雑化している。そこで現場で重要になるのが、がん治療の予後予測だ。

 

患者で異なるがん治療の予後

 完治が未だ難しいがん治療において、飼い主にとっても、獣医師にとっても、患者の予後を把握し定期検診を行うことは重要である。「がんに患った動物たちが少しでも長く、できる限り苦しまずに生きてもらうためには、患者の予後を正確に判定し、治療及び検診のプランニングを立てることが重要です。」と話す吉本氏。

 1980年以来、小動物臨床におけるがん患者の予後予測は、がんの大きさ(T)、リンパ節転移の有無(N)、遠隔転移の有無(M)の3つから判定するTNM分類を用いることが標準的である。TNM分類はシンプルで実用性が高い一方で、推測される予後から大きく逸脱する症例も少なくない。その理由として、がんの不均一性が挙げられる。がんは複雑な細胞集団から構成されるが、その細胞構成は患者間で異なっており、予後に影響することが明らかとなっている。

 近年、がんの不均一性に関する理解が深まり、がんの挙動や治療反応を決定する因子、がんの悪性化を促進する細胞などが徐々に明らかとなってきた。中には、患者の予後に大きなインパクトを与える要素もあり、臨床現場でTNM分類と組み合わせて予後を推測するために使用されているものもある。

機械学習の有用性を獣医療に

 これまでのがん研究により、予後に関連する因子は多数明らかとなっているが、医師がこれらの情報を網羅的に解釈して、直接的に予後推定に役立てることは難しい。人医療の現場では、医師をサポートするために人工知能(AI)によってがん患者の予後を予測するアルゴリズムが開発されている。一方で、獣医療におけるAIの活用は一部の画像診断等に限られているのが現状だ。

 そこで、吉本氏は小動物臨床で主な診察対象であるイヌとネコのがん患者を対象に、機械学習によって正確かつ詳細に予後を予測できるか、その有用性を明らかにすることを目指している。「まずは、患者情報や検査情報、がん組織を構築する細胞構成データから、イヌのがん患者の予後を予測するモデルの確立を目指します」。

イヌ・ネコの個別化医療の実現を目指して

 イヌでの検討結果を元に、ネコ等の他動物種への応用や、実際に臨床現場で活用できるシステムの開発に繋げていく予定だ。良質な学習データを集めるためには、他大学や動物病院の電子カルテデータも活用していきたいと吉本氏は話す。人医療に比べてやや遅れている電子カルテ情報の精度向上も望まれる。まだまだ検討事項は多いが、これらの取り組みをきっかけに、予後診断マーカーや薬剤感受性マーカーなどの知見がデータ上で蓄積されていけば、より患者に適した薬剤選択が可能になるだろう。それぞれの患者に最も適した医療を提供するという、個別化医療の実現に向けて、獣医療のフィールドからの挑戦が始まっている。