採択者の声

2022年12月公募第59回リバネス研究費

第59回 Delightex賞 募集テーマはこちら

New York University 特任研究員

小坂田 拓哉さん

採択テーマ
「心地よさ」を感じる際に重要な神経回路ならびに分泌されるホルモンの同定

マウスの社会性行動から「心地よさ」の脳内制御メカニズムを明らかにする

動物の社会性行動に興味を持ち、分子生物学や神経科学の観点から研究を行っている小坂田氏は、これまでにマウスの危機察知と逃避行動に「幸せホルモン」とも呼ばれるオキシトシンの分泌が関わっていることを明らかにしてきた。本賞採択テーマでは「心地よさ」を感じる際に生体内で神経伝達物質がどのように関わっているかに着目して研究を進める。

社会性行動を引き起こす神経回路への関心

学生時代は幼少マウスが涙液中に分泌するフェロモンの情報伝達と雌個体の行動への影響について研究してきた小坂田氏。現在のラボでは、神経科学的アプローチで視床下部に多く存在するオキシトシン受容体の機能解明に取り組んできた。ペプチドホルモンの一種であるオキシトシンは、母性行動や他者との信頼関係にも関わるとされている。そのため、母親マウスが仔マウスを守るための攻撃行動に関連するという仮説を立てて検証してみたが、実際にはあまり関連性が認められなかった。ところが、たまたま準備していた雄マウスの神経回路を調べたところ、別個体から攻撃を受けて敗北した状況下でオキシトシン発現神経細胞の活性が認められたという。「予知されるさらなる危険から逃れる」という行動とオキシトシンとの関係性が新たにわかってきたのだ。

他者との同居状態で活性化する脳領域を探る

「『幸せホルモン』とも呼ばれるオキシトシン、そしてオキシトシンと構造が類似するバソプレシンという2つのホルモンが『心地よい』状況下でどのような役割を果たすのかを解き明かしたいと思い申請しました」と語る小坂田氏。今回の採択テーマではまず、心地よさを感じるシチュエーションとして、マウスが異性の配偶マウスや同性の兄弟マウスと一緒の空間にいる場面を想定している。その場面に身をおいたマウスの全脳を網羅的に調べることで、活性化される神経細胞が存在する脳領域を明らかにする。同時に、オキシトシン・バソプレシンの分泌細胞の標識も行うことで、活性化された神経細胞とのオーバーラップが多い場合は、それぞれのホルモンが心地よさに関与することが示唆されるのではないかという仮説だ。「これまでにオキシトシンとバソプレシンのin vivoセンサの検証も行ってきました。センサを活用してホルモン分泌の経時変化を追うことで、設定した環境下での分泌の有無を確かめることもできると考えています」と小坂田氏は語る。

「心地よさ」を引き起こす情報伝達の経路に迫る

長期的には、特定した心地よさに重要な脳領域の上流の情報伝達経路との関係も解明したいという。「心地よさを感じるには、例えば匂いを嗅いだり、接触をしたりといった感覚入力があるだろうと考えています。長期的な展望ですが、匂いを受容して活性化される嗅球などとのつながりを調べることで、どんな刺激で心地よさを感じるのかを説明することもできるはずです」。私たちの社会においても、社会行動や対人関係に課題を抱える自閉スペクトラム症などの精神疾患が存在する。小坂田氏は、こうした疾患のさらなる理解につながるようなテーマに発展させていきたいと語る。生体内の反応を見ることで、私たちの情動や行動の変化を説明づけることも今後の研究次第では可能になるかもしれない。(文・井上剛史)