2021年9月公募第54回リバネス研究費
第54回リバネス研究費 プランテックス先端植物研究賞 募集テーマはこちら
東京大学大学院 総合文化研究科広域科学専攻 助教
永田賢司さん
- 採択テーマ
- 外気 CO2 濃度に応じた気孔密度の調節に必要な長距離性シグナル分子の同定
動けないからこその植物の発生戦略が拓く植物研究の未来
植物はその場から動くことができない。環境を変えることができないならば、自らの形態や機能を変えてその環境に適応しながら生き延びていこうとする。永田氏は、そのような植物のもつ巧みな戦略に興味を持ち、そのしくみの遺伝子レベルでの解明に挑んでいる。
いかに察知し、いかに適応するか
植物は、覚悟を決めたかのごとく、最初に発芽した場所で一生を過ごす。周りでどのような変化があっても逃げられない。そのため、環境の変化をいち早く察知し、自らの形態や機能を変えることで生き残る戦略をとろうとする。例えば、光を獲得するために葉の向きを変えたり、葉の色を変えたりなどの変化をする。形態変化には、新しく器官を作ることが必要となってくる。根や茎の先端には、未分化細胞が集まっており、そこから機能をもった細胞がつくられて器官が形成される。未分化なために葉緑体や光受容体、気孔などが未発達であり、環境情報の受容ができない。そのため、分化した葉では、葉緑体や光受容体、気孔を発達させ、環境情報の受容ができるようにしている。このように分化する場所と環境情報を受容する場所を分担し、受容した環境情報を分化させる場所へ伝えることで環境の変化に適応しているのだ。
気孔制御で植物の限界を突破する
環境変化が植物の形態に変化を与える現象として、CO2濃度と気孔密度との関係が知られている。CO2濃度が高いと気孔密度は減少し、少しでも水の蒸散量を減らそうとする。一方、CO2濃度が低いとCO2を取り込もうと気孔密度は増加する。しかし、発達中の葉には分化した気孔がないため、CO2濃度を感知することができない。そのため発達中の葉の気孔密度は、すでに成熟している葉によって感知された濃度情報に基づいて制御されているのだ。この成熟した葉から発達中の葉に対してどのようにしてその情報が知らされているのか。栄養などの輸送に関与する師部を介して何らかのシグナル分子が輸送されることは考えられているが、具体的な分子実体は明らかではない。この現象に魅せられ、遺伝子レベルで突き止めたいという想いで挑戦しているのが永田氏だ。CO2濃度が変化しても気孔密度や気孔形成に変化が起きない変異体を2種類作ることに成功した。高CO2濃度になってもCO2濃度を知らせるシグナル分子をうまくつくることができないものと、シグナル分子はつくられるが、師部を介して輸送することができないものである。これらの変異体を高CO2濃度条件下で比較することで、CO2濃度の情報の輸送に関わるシグナル分子の同定を目指している。
独自の植物工場において栽培環境条件を精緻に制御できることを強みとするプランテックスでは、栽培環境条件の調節により成分含有量を高めたり生産性を高めたりする栽培環境条件(栽培レシピ)の開発に挑戦している。植物成長への影響が大きい気孔密度を栽培環境によって自在に制御できれば、収量を更にあげることによる生産性向上も可能となるであろう。このような植物の可能性をさらに引き出す新たな栽培レシピの創出が期待される。
「なんでだろう」という想いが挑戦を滞らせない
永田氏が、植物のおもしろさに取り憑かれ、植物研究にのめり込んだ背景にはある衝撃的な出来事があったという。大学のある講義で、植物はなぜ緑色なのかの話を受けた。それまでは高校の時に、光合成には緑色の光は使われず、吸収されないため反射されて緑色をしていると教わっていた。しかし、実は緑色の光も効率良く利用しようとしているというのだ。葉を形成している組織には、表側には細胞が規則的に並んで密になっている柵状組織と、その組織の下には、細胞の形や配列が不規則で疎になっている海綿状組織があるが、柵状組織を通り抜けた緑の光も、海綿状組織内で乱反射されることで効率よく吸収されているのである。この時、永田氏は思ったという。何も疑問に思わないとその先にすすまないが、「何でだろう」と思うことで、さらに分からなかったことが見えて世界が広がる。植物には、まだまだたくさんの「何でだろう」がある。今後、植物独自の発生や環境適応戦略をさらに解明して、植物の可能性を引き出していきたいと永田氏。疑問に思うか思わないかが、新しい発見につながるかどうかに関わる。永田氏の「何でだろう」の想いで突き進む研究が、眠っている植物の可能性を目覚めさせていくに違いない。(文・花里 美紗穂)