リバネス研究アワード2021 受賞講演レポート|接木の基礎研究と応用(野田口 理孝氏)
リバネス研究アワード2021
[社会実装部門]
〈受賞者〉
名古屋大学生物機能開発利用研究センター 准教授
グランドグリーン株式会社 取締役
野田口 理孝 氏
受賞講演「接木の基礎研究と応用」
接木とは2種類以上の植物をつなぐ農業技術だ。古くは2000年以上の昔から現在まで利用されているこの技術に着目し、植物学の常識を覆す発見を成し遂げたのが野田口氏だ。接木の科学メカニズムに迫る基礎研究から、技術の実用化へ向けた取り組みについて語った。
古くて新しい接木技術
現在、地球規模の環境問題は作物の栽培に対してリスクを及ぼしています。実際に世界の耕作地のおよそ4割が、乾燥、塩害、高温、貧栄養など何らかのストレスを抱えたストレス土壌と言われています。そうした中で、2種類以上の植物の地上部と根っこを繋ぐ、接木という古くからの農業技術に私たちは着目しました。例えば、いわゆる環境ストレスに強い植物を根っこの部分に持ってくれば、ストレス土壌でも栽培種が育つのではないかと考えたわけです。
しかし、接木法には2つの課題がありました。一つは、植物同士の組み合わせが限定的で、異なる科の植物との接木は不可能と考えられていたことです。もう一つは、接木苗は手作業により生産されてきたため、大量に世界中で育てるには技術革新が必要だということでした。
科学的な発見から、実際の農業に使える技術を
基礎研究を続けるうちに、ある種の植物が、73種38科という非常にたくさんの植物と接木できることに気付きました。それがタバコ属の植物で、世界初の発見でした。原理を徹底的に調べあげて、鍵となる接着因子の同定にも成功しました。植物は細胞の周りに細胞壁という壁を持ちますが、これを溶かす消化酵素β-1,4-グルカナーゼが働くと、細胞壁が融合してつながることを見いだしたわけです。実は、接木という人工的なイベントだけではなく、寄生植物が宿主に寄生する際や、植物が傷を受けたときに傷を治す際にも働く、重要な酵素であることがわかり、接木の第1ステップである接着の原理が解明できました*1。
こうした研究と共に、接木苗を大量生産できる技術を発展させる必要がありました。そこで研究用途にはマイクロサイズの接木チップを、農業用途には誰でも簡単に素早く接木ができる接木カセットを開発しました。名古屋大学発ベンチャー、グランドグリーン株式会社を2017年に創業し、こうした技術を現在提供しています*2。
未来の持続可能な社会に向けて、ストレス土壌の上で農作物を育てられるように、異科接木の研究に取り組んでいます。昨年、ナス科のトマトとキク科をタバコで接ぎ、実を成らせるという事例に成功しました。まだ実用は困難な段階ですが、今後も研究を重ねて、こうした発見を農業に活用していきたいです。
(構成・塚越 光)
*1 Notaguchi et al., Science, 07 AUG 2020 : 698-702. Cell-cell adhesion in plant grafting is facilitated byβ-1,4-glucanases
*2 グランドグリーン株式会社 事業内容 https://www.gragreen.com/business
プロフィール
2009年京都大学大学院理学研究科にて博士号を取得。同年よりカリフォルニア大学 デービス校留学、日本学術振興会海外特別研究員。2012年名古屋大学大学院理学研究科研究員及びJST ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト研究員。2015年名古屋大学大学院理学研究科特任助教、JSTさきがけ研究員。2016年名古屋大学大学院生命農学研究科助教、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所連携研究者、文科省卓越研究員。2019年より現職。植物の接木のメカニズム、全身性情報伝達などについて取り組んでいる。第18回リバネス研究費リブセンス賞(2013年)を受賞。