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三代目研究者の創業で代々続くシクロデキストリン研究に実用化の芽吹きをもたらす 有馬 英俊

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熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系) 製剤設計学部門 教授 有馬 英俊 氏

熊本大学の薬学研究の起源は1756年に肥後藩主細川重賢が開設した薬草園にまでさかのぼる。長い歴史と伝統を持つ熊本大学薬学部から、今年初めて学生発の研究開発型ベンチャーが誕生した。その背景にあるのは、三代に渡る研究テーマの継承と新たな挑戦だ。最高技術責任者CTOとして同ベンチャーを支える熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)教授の有馬英俊氏に話を伺った。

生活用品から医薬まで、シクロデキストリンの多機能性

 有馬氏の研究対象である機能性分子「シクロデキストリン(CyD)」は、D-グルコースが環状に結合したオリゴ糖の一種で、分子の中心に存在する空洞内に他の分子を取り込む性質を持つ。物質の安定化や気体・液体の粉末化、機能性物質の体内吸収性向上など、多岐にわたる機能を発揮するため、約100年前に発見されてから現在に至るまで、食品や家庭用品、塗料などの分野で広く研究が進められてきた。熊本大学でも、約40年間連綿と受け継がれてきた研究テーマだ。有馬氏の先代教授である上釜兼人氏は、CyDの医薬研究における第一人者として、製剤素材としてのCyDの有用性について研究し、優れた業績を残された。その後研究室を受け継いだ有馬氏は、身内をがんで亡くしたこともきっかけとなり、現在はがん治療薬の研究に注力している。近年の医薬品開発において、がん細胞特異的に作用する副作用の少ない治療薬に期待が高まっているが、課題となるのは確実にがん細胞のみに薬剤を届けることである。有馬氏は、がん細胞の表面に多く発現する受容体に着目し、そのリガンドをCyDに修飾することでがん細胞選択的なドラッグデリバリー技術を開発した。さらに、修飾した CyD自体が抗腫瘍活性を持つことを明らかにし、抗がん剤、または抗がん剤キャリアとしての新たな可能性を見出している。

実用化に寄り添う研究室を目指す

 有馬氏の研究室では製剤設計学を専門とし、「製剤学の発展と世界の健康・医療に貢献する」という理念を掲げている。製剤設計とは薬効成分が生体内で十分に効果を発揮するように、物理的形状や化学的性質等を修飾する技術を指す。薬を世に出すうえで、なくてはならない重要な学問だ。「私たちは論文を出すだけではなく、人類の健康に寄与する製品づくりに携わっているのです。だからこそ、目標をもって研究できるように理念を創りました」と有馬氏は話す。健康を広い意味で捉え、病気で苦しんでいる人を救う薬の開発から、健やかな生活を送るためのサプリメントや化粧品開発まで、CyDの可能性を追求している。実用化に近い学問領域であることから、地元企業をはじめ多くの企業が関心を寄せているが、その一方で悩みもあるという。「企業どうしであれば、その共同研究に特化したダイナミックな内容で話ができますが、大学はすべての案件が類似の条件で扱われてしまい、なかなか前に進みません。医薬品でいえば、開発期間が長い点も足踏みする要因になっています」。CyDの多機能性に注目が集まっているものの、実際に薬を始めとする製品を世に送りだしている事例はまだ少ないのが現状である。

思いを具現化するためのベンチャーという選択

 そのような中、2016年4月に研究室の博士後期課程の学生であった弘津辰徳氏が、CyDを医薬品や機能性表示食品の開発に役立てるベンチャー「株式会社サイディン」を立ち上げた。これはまさに、有馬氏が目指す「研究を世の中に出す」ことの具現化でもあった。弘津氏から起業の相談を受けた当時のことを振り返る。「弘津くんは事業の具体的なイメージを持っていませんでしたが、思いがとても強かった。他の研究室の学生が好待遇の製薬企業に就職する中、創業という選択は指導教員として心配はしています。しかし、彼には単なるアカデミアにいる博士ではなく、CyDで世界を変えて欲しいと思い、ベンチャーの立ち上げに協力しようと決めました」。有馬氏は、ベンチャーの設立に向けて、熊本県内で研究開発型ベンチャーの発掘・育成に取組むリバネスCEOの丸幸弘に彼を引き合わせた。そこから、2016年開催の熊本テックプラングランプリで最優秀賞を受賞したことを契機に、地元金融機関からの融資、創業補助金の獲得と、着実に創業準備を進めた。「私の使命は、CTOとして技術面から彼を全力で支えることです。大学ではやりにくいことも、サイディンを通じることで大きく前進すると期待しています」。

 いま、CyDの研究は三代目の若い研究者へと受け継がれ、ベンチャーという形に変貌を遂げて大海へ乗り出そうとしている。近い将来、有馬研究室からサイディンという船に乗る仲間が増え、さらに次の世代へと受け継がれていくことを願う。(文・福田 裕士)

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