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2017.03.23 研究応援

生産プロセスの視点で細胞を議論する 共通言語を生み出す 加藤 竜司

再生医療を筆頭に細胞製品の実用化の動きが活性化している。産業として広まり、定着していく上では、他の工業製品と同様に製造プロセスの確立は避けて通れない。その実現のため、産学を巻き込んだ標準的なプラットフォームの技術開発に奔走する研究者が、名古屋大学大学院創薬科学研究科 独立准教授の加藤竜司氏だ。

肌身で知った細胞製品のものづくりの大変さ

 加藤氏が細胞の品質管理について考えるようになったきっかけは、2004年までさかのぼる。名古屋大学で口腔外科の助手のポジションに就き、再生医療を患者に届けるプロジェクトに参画しはじめた頃だ。細胞加工施設(CPC)の設計や、医薬品や医薬部外品製造のための基準であるGMPに対応する必要があり、生物工学を専攻していた加藤氏にお鉢が回ってきた。「厚生労働省や、再生医療を手がける企業にも話を聞きに行きました。CPCもたくさん見学に行って、運用方法、GMP対応についても見聞きしました」と当時を振り返る。ものを製造することの大変さを感じただけでなく、日々のメンテナンスが記録できていない、個人の感覚に頼っているなど、運用上の課題点も見えてきた。

培養プロセスの見える化

 GMP対応に関する意見を聞いて回る中で、プロセスの管理で細胞の画像解析へのニーズがあることを知った。2006年に名古屋大学工学部に助教として着任した加藤氏は、テーマのひとつとして学生とともに画像解析を利用した細胞の品質管理に取組み始めた。その翌年には企業からも声がかかった。企業の性能の高い観察機器を利用することで質の良いデータがたくさん手に入る環境が整い、画像解析の精度が上がった。さらに、NEDOでのプロジェクトも採択され、研究は加速を続けた。ちなみに、この取組みは実を結び、リアルタイムで多能性幹細胞の品質管理をするための技術として、株式会社ニコンとともに2016年に報告を行っている。

 培養記録や作業工程を分析する中で、人のスケジュール管理がコストと関係すること、同じ方法でやっているつもりでも人によって細胞培養の精度に差があることが見えてきた。「プロトコルを明確にしないと、良い細胞の成長記録のデータがとれないことがわかってきました。新しく入った人を教育する上でも明確なプロトコルが必要です。そこで、人の作業や動きを定量化する取組みを始めました」。個々人の慣れやセンスに頼っていることが多い細胞培養のプロセスを分析することは、実際に大規模製造を行う際に、人に任せる部分と機械に任せる部分を線引きする上でも欠かせない。少しずつ細胞製品のプロセスをひも解く糸口が増えていった。

産業界の枠組みに飛び込み共にムーブメントをつくる

 加藤氏の活動はアカデミアの枠にとどまらない。2007年頃から、細胞加工の分野では新たな動きがあった。大阪大学の紀ノ岡正博氏が中心となり、細胞加工の研究会が立ち上がる。「あの頃は、大学関係の人間は紀ノ岡先生と私くらいで、9割9分は企業が占めていました。企業間の垣根を越えた勉強会が高頻度で開催されていたのです」。今では大型の予算もついている細胞加工分野だが、こうした手弁当の集まり無しには具体化することはなかっただろう。さらに、品質管理の技術者養成講座を受講するなど、加藤氏は細胞製品という新しい分野と工業生産をつなぐための努力を惜しまない。

細胞の工業生産に橋をかける礎

 再生医療に関わり始めた2004年頃と今を比べて、どのように状況が変化してきたと加藤氏は考えているのだろうか。「他家移植や細胞バンキングの実現が近づいてきたことや、創薬への応用のニーズが高まってきたことで、ビジネスの兆しが見えてきて、業界全体が温まってきたと感じています。アプリケーションの例も大分増えてきました」。一方で、安全性の問題についても議論がなされているが、安全性がまるで芸術品のように議論されてしまうケースがあると加藤氏は指摘する。芸術的な安全を理想論で求めてしまうとコストが上がり、管理は極めて難しくなる。これは医療費を増し、産業としての広がりを止めてしまうのだ。それは本来の目指すところではない。再生医療、創薬、それぞれの分野のニーズを反映しながら、“実際に製造・管理が可能な”基準が求められている。これはテクノロジーの標準化の歩みであり、再生医療が産業として成長するステージに来ているのだともいえる。 国や企業、様々なところで細胞加工に関する議論が湧き起こり、研究にも自由度が増してきているが、たたき台となるデータはフォーマットが多様で、議論を円滑にするところまでは至っていない。加藤氏は、まず細胞培養というプロセス全体をできる限り数値化して、標準的なプラットフォームで議論できるようにしたいと考えている。「色々なデータが出てきていますが、単位や取り方が違います。それをつなげていくことは、新しい学問的な意味がある。そこをやりたいです」。(文・高橋 宏之)