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2016.06.21 研究応援

ロボットの行くべき道は、人間を遥かに超える 石川 正俊

人とロボットが協働しはじめた現代。その行き着く先は、どのような社会になるのだろうか。東京大学院情報理工学研究科の石川正俊教授は、自身が描く未来には協調など想定していないという。「人間とともに動作するなどという目標レベルでは、低すぎます。人を遥かに超えるロボットを作るのが私の仕事です」。そう話す石川氏は、高速・高精度の感覚器と運動器を備えたロボットの普及により、社会に変革を起こすビジョンを描いている。

ロボットは人の労働にいかなる変革を起こすか

 石川氏が作ったロボットとして一般ニュースなどにも数多く取り上げられたものが2つある。ひとつは投げられたボールを100%打ち返すバッティングロボットアーム、もうひとつが100%勝つじゃんけんロボットハンドだ。どちらも何かの役に立てるためではなく、技術のデモンストレーションのために作ったもので、人を超える高速度処理や動作が可能なビジョンセンサとプロセッサ、アクチュエータを備えている。

 例えば人間同士がじゃんけんをする場合、グーからパーの手形の変化に60msec程度、互いの手の認識に30〜60msec程度が必要になる。これに対して1msecで相手の手を認識し、20msecで自らの手を変えるこのロボットは、たとえ完全な後出しをしても人間側に気づかれることはない。

 「本当に高速なビジョンセンサとアクチュエータがあれば、人を超える動作ができるのです。そのようなロボットだけで工場の生産ラインを組めば、人間の作業員が働くのと比べて単位時間あたりの生産性を遥かに上げることができます」。日本発の技術でこれを実現することで、現在は人件費の問題で海外に出ている生産工程を日本に戻すことができる。そうすることで、ノウハウの漏洩防止、輸送コストの大幅低減に加え、人間を作業労働から開放し、知的労働へとシフトさせることができるはずだ、と石川氏は熱く語った。

20年以上積み重ねた並列処理技術

投げられたボールを100%打ち返すバッティングロボットアーム。手前にある超高速ビジョンセンサーを搭載したカメラユニットで、ボールの位置を正確に捉えている。

投げられたボールを100%打ち返すバッティングロボットアーム。手前にある超高速ビジョンセンサーを搭載したカメラユニットで、ボールの位置を正確に捉えている。

 長年培ってきたコア技術は「視覚」にある。石川氏は20年以上前から並列処理可能な光検出・演算システムの研究を進めてきた。当時助教授であった1991年には、光入力としてフォトトランジスタを、出力としてLEDをもつ演算器を64×64=4096個並べた超並列演算処理機構を試作し、エッジの抽出を3.3μsecという高速で処理することに成功した。この研究が高速ロボットの動作を実現するためにはセンサ、処理、運動それぞれの応答性能を合わせた設計が必要である、というダイナミクス整合理論へと繋がり、現在の研究に発展してきた。またこのビジョンセンサシステムは今、CMOSイメージセンサ※1FPGA※2とを用いた集積回路に進化し、空間分解能で512×512〜2048×2048画素、時間分解能で1000fpsを実現している。最近はソフトウェアで行われる画像認識技術が発達しているが、それらはカメラから画像データをコンピュータに渡し、コンピュータ内で画像処理と意味抽出を行っている。それに対して石川氏の技術はビジョンチップ内で画像処理まで行い、処理結果をコンピュータに渡す。受け渡すデータ容量が圧倒的に小さくなるため、高速処理が可能なのだ。

高速・高精度がロボットに新たな知能をもたらす

 高速ビジョンチップの応用は多岐に渡る。例えば大量生産の現場において、高速に移動する部品の個数検査や全数欠陥検査が可能だ。また、顕微鏡ステージを動かすアクチュエータと組み合わせることで、観察している微生物1個体を常に視野の中心に置き続ける観察システムも実現している。さらに、大日本印刷株式会社と共同で、毎分250ページの読み取りが可能な書籍スキャナーを開発し、2015年に東大図書館蔵書のデジタル化実証試験を行った。他にも、例えば高速走行中の車から道路上の異物やトンネル欠陥をリアルタイム検出したり、手術ロボットの動きを心拍と完全に同期させることで拍動による相対速度をゼロにするなども可能だろう。

 自前の高速ビジョン技術と、企業との共同研究による高速アクチュエータ、そしてすでに十分に速い市販コンピュータを組み合わせることで、既存の概念とは異なるロボットを作る。それを石川氏は、「人以上の速度と精度で働く感覚系と運動系を備えた、新たな知能」の可能性だと表現する。これらが普及したとき世界がどのように変わるか、今はまだ想像しきれないだろう。破壊的ともいえるイノベーションが社会に変革を促すかもしれない。(文・西山哲史)

  • ※1  CMOSイメージセンサ:CMOS(相補性金属酸化膜半導体)を用いた固体撮像素子
  • ※2 FPGA:製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路

石川 正俊ホームページ