昆虫飼料が養殖漁業の将来を切り拓く 井戸 篤史
四方を海に囲まれた日本では、魚が身近な食べ物として食卓をにぎわせてきた。しかし、漁獲量の減少に漁業従事者の高齢化も相まって、我が国の水産業は国際的な競争力を失いつつある。また、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されたことは記憶に新しい。水産資源を持続可能な形で活用し、国内水産業を再興するために養殖が重要な選択肢となってきている。昆虫飼料の開発に取り組み、養殖漁業をフィールドに昆虫ビジネスを生み出した株式会社愛南リベラシオ代表取締役の井戸篤史氏にお話を伺った。
再注目される昆虫飼料
井戸さんは不快害虫であるイエバエの飼料化を目指して研究に取り組んでいる。昆虫を飼料化するというアイデア自体は古くからあり、30〜40年くらい前から研究が行われていたそうだ。もともとは畜糞処理の技術として、畜糞を餌として消費するハエを大量養殖する研究が進められていたが、生産したハエの活用先がなく、ビジネスとしては成り立たなかった。
しかし近年、水産業界に大きな変化があった。中国を中心とした新興国で水産物の消費量が増え、養殖飼料となる魚粉の価格が高騰しているのだ。20年前には1 kgあたり50円程度だった魚粉価格は、現在では4倍以上になっている。一方で、国連食糧農業機関(FAO)が2014年に作成したレポートによると、今後世界的な人口増加に伴い、養殖魚の生産量が大幅に増加するとされ、養殖飼料の世界的なニーズはさらに拡大すると見込まれる。「成長の早いハエを、養殖魚の飼料として使えないだろうか」。井戸氏は、魚粉の代替として昆虫飼料が世界の食を支える時代が来ると見据え、昆虫飼料化ビジネスをスタートした。
ハエが魚を健康に育てる
井戸氏がまず手掛けたのは、イエバエをはじめとする昆虫飼料がマダイの成長に与える影響についての研究だ。イエバエは卵が産み落とされてから、孵化・脱皮・変態を経て、産卵に至るライフサイクルが約10日間と非常に早く、またメス1匹当たりの産卵数も約500と極めて多いことが魅力だ。成長速度と増殖速度の両面で利点がある。また、愛南リベラシオが拠点を構える愛南町は、海面養殖生産高日本一を誇る愛媛県の中でも、特にマダイの生産量が多く、愛媛県の生産高のうち4割を占める。マダイの生産効率が高まれば、地元への貢献にもなる。
イエバエのサナギを粉末化した「フライミール」を、魚粉の代替としての効果を調べるため実験用の小規模な水槽で24日間の飼育試験を行ったところ、わずか0.5%〜5%の魚粉をフライミールに置き換えただけで、体長・重量ともに増加が認められた。同様の効果が実際の養殖で使用される大型ケージで、6ヶ月間の長期的に飼育した場合でも確認され、マダイ養殖においてフライミールが有効であることが実証された。
昆虫の力を最大化する
驚くべきことに、フライミールには成長率を高めるだけでなく、免疫力を向上させる効果があることもわかってきた。病原菌E. Tardaを感染させたマダイをフライミールの混合飼料で飼育したところ、通常飼料の場合と比較して高い生存率を示した。調べてみるとイエバエのフライミールを食餌することで、白血球の貪食活性が高まることが明らかになった。
また、井戸氏はウリミバエがサナギの時期に産生するポリサッカライド(dipteroseと命名)や、カイコガが産生するポリサッカライド(silkroseと命名)を単離し、マウスのRAW264マクロファージを活性化することを明らかにしている。昆虫がもつキチン類以外の多糖類で、哺乳動物の免疫活性を高める効果を発見したのは初めてだ。今後も昆虫由来の未知の機能性成分が見つかってくると期待でき、養殖飼料の代替品としてだけでなく、機能性飼料としても応用できる可能性が広がってきている。井戸氏は、昆虫に秘められた力をうまく引き出し、ビジネスとしても成立させるために、昆虫そのものを機能性成分の工場として大量生産するしくみも検討中だ。「イエバエをはじめとし、飼育・採集をオートメーション化して簡単に生産するしくみを考えています」。食と健康を支える資源としての昆虫の可能性が、一歩一歩着実に拓かれつつある。(文・戸金悠)
コンテンツ