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研究費を“稼ぐ”研究者 山口 潤一郎

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早稲田大学理工学術院 准教授 山口 潤一郎氏

Chem-Station (ケムステ)」と言えば、月間240万PVを叩き出す日本最大級の化学ポータルサイトとして高い知名度を誇っているウェブサイトだ。化学にまつわる様々な情報が、100名に上るライターにより、非専門家にも分かりやすい言葉で発信されている。一方でこのケムステが、企業ではなく現役の研究者達が中心となって運営されていることはあまり知られていないのではないだろうか。今回は、ケムステの中心人物である早稲田大学の山口潤一郎准教授にお話を伺った。山口氏が研究活動とケムステ運営を両立し続ける目的とは

有機化学の神髄を伝えたい

 「ケムステは大学の留年中に立ち上げたサイトなんです」。化学好きが高じて大学に進学したが、必修科目である有機化学の講義は化合物の命名法ばかりで興味が持てなかった。結果、その有機化学の講義のみ単位を落として大学3年生を2回やることになる。留年してできた1年の猶予期間に毎日10時間、山口氏は有機化学を中心に勉強にのめり込んだ。「有機化学の神髄は、電子のやり取りを通じた、分子の結合切断と形成の仕組みです。命名法のために削がれた有機化学への興味は、勉強しているうちに蘇ってきました」。特に化学反応を開発した功績により、その研究者の名前が冠された化学反応である「有機人名反応」に興味を持った。これを多くの人に知ってほしい、という思いで作成したウェブサイトが、ケムステの前身だ。数ヶ月後には化学が始まるスタート地点、という意味を込めて「Chem-Station」と命名。有機化学の神髄を伝え、化学にまつわる様々な話題を提供するサイトとして運営を開始した。「先日、高校時代からケムステのファンで、早稲田大学の応用化学科に合格したという学生がいました。嬉しいですよね」。学生に課したレポートでは参考資料として必ず登場するといっても過言ではないなど、化学の発信塔として根付いている。

ケムステの副次的効果

 通常の有機合成は、開始物質から様々な中間体を経て最終産物を合成していく。自身も留学先でこれまで数十人の研究者が挑み、敗れてきた化合物の合成に取り組み、何とか成功に漕ぎ着けた。「合成経路や用いる反応の選択、条件の最適化など、有機合成の研究者としての勘を磨くよい経験でした。」と振り返る。一方で、くねくねとした山道を一歩一歩登っている感覚を味わった。できれば最短距離で進みたい、という思いも沸き立ってきたという。そして今、分子の反応挙動を自在に操り、思い描いた化合物を短工程で合成することを目指して山口氏のハードワークは続いている。

 「ケムステが無ければ今より何十報か多く論文を出せていたかもしれません。でも、ケムステがあったからこそ得たものが多くあります」。化学の話題を届けるため、様々な情報を仕入れ、発信する。その過程で知識、興味の幅が広がった。また、取材先やケムステ読者の研究者たちは、異分野の情報交換ができるネットワークとして価値を発揮している。何より、主に現役の研究者から成るケムステの運営メンバーやライターたちは、モチベーションを互いに上げるコミュニティーへと育っている。当初は想像すらしなかったが、研究活動と直接的な繋がりが見えにくいケムステは、異分野の知識と苦楽を共にする仲間を集めるハブとなり、山口氏の研究活動を大いに支えている。

世界で初めてのために、道を切り拓く

 「世界で初めてのことをやろうとすると、理解者が少ないために研究費を獲得するのは難しくなります」。研究者にとって研究費の獲得は、手段であり目的ではない。しかしながら、研究費獲得のために多くの時間を割いたり、研究費の趣旨に合わせて研究の目的自体を捻じ曲げたりしなければならない現状に、疑問を感じているという。そこで、ケムステを事業化して、利益を研究費に回すことを計画している。既に広告で売上げが上がり、ライターに記事単位で原稿料を支払うなど、事業化の準備が着々と進んでいる。「やりたい研究はたくさんあります。自分たちで研究資金を稼ぎ、自由に研究を進めたいです。将来的には世界で初めての挑戦を計画する研究者に研究費を配るような活動もできると良いですね」。

 自らの研究成果を元にベンチャー企業を立ち上げる研究者は、国内外で事例が多く存在する。しかし、ケムステのようなメディア運営を通じて社会に貢献し、研究費獲得を視野に入れて収益化を目指す研究者は前例がないのではないか。産と学を両立する。新しい研究者のロールモデルが早稲田大学で産声を上げている。

(文・金子 亜紀江)

早稲田大学理工学術院 准教授 山口 潤一郎

PROFILE  やまぐち・じゅんいちろう 2007年東京理科大学大学院工学研究科博士課程終了後、米国スクリプス研究所博士研究員を務めた。名古屋大学理学研究科准教授などを経て、2016年から現職。米国留学中は、これまで多くの著名な研究者が合成を試みるも難攻不落といわれた天然物「Palau’amine」の構造類縁体の合成に成功した。研究を進める傍ら、化学ポータルサイト「Chem-Station」を運営し、2014年には日刊工業新聞や化学工業日報など様々なメディアに取りあげられた。専門は有機化学、有機合成化学、天然物化学。

日本最大の化学ポータルサイト
Chem-Station
URL▶http://www.chem-station.com/

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