五感の研究で 未来の外食産業を創造したい
吉野家は、昨年に第1回のリバネス研究費吉野家賞を設置するなど、アカデミア研究との連携を推進している。国内1,188店舗(2016年4月現在)を展開し、日本を代表する外食チェーンである吉野家は、アカデミアとの連携によって、自社のみならず外食産業全体のイノベーションを加速したいと考える。2回目となるリバネス研究費吉野家賞の募集にあたって、同社未来創造研究所所長の稲田伸文氏にお話を伺った。
第32回リバネス研究費吉野家賞の情報はこちらから
https://r.lne.st/2016/05/31/yoshinoya32/
「飲食業の再定義」への挑戦
吉野家は、これまでの飲食業になかった新しい価値創造のために、「飲食店の再定義」に取り組んでいる。「ひと・健康・テクノロジー」をキーワードに進化を続ける吉野家では、自ら変化を生み出し、人材が集まる魅力的な職場としての店舗づくりに注力している。2016 年3 月には、従業員の心と体の健康を経営の柱とする「ウェルネス経営」に向けて、産業現場での睡眠改善と労働生産性向上を専門とする企業と連携、従業員向けの「睡眠研修」をスタートした。
稲田氏の率いる未来創造研究所では、3年・6年・10 年の各単位で未来を考え、4つのプロジェクトを推進している。一つめは、新商品のプロデュースなどの研究を行う「事業戦略」チーム、二つめは、他業種と競争力を強め、吉野家というブランドを再定義し、生まれ変わらせようとする「新フォーマット開発」チーム。三つめの「未来設備・設計」チームは、アクティブシニアや女性にとって働きやすい職場を目指し、テクノロジー導入を積極的に図っており、四つめの「打倒吉野家」を意味する「VSY」チームでは、制約条件をなくし、ゼロベースで新規ビジネスを立ち上げ、吉野家を凌駕し、吉野家に取って代わるブランドづくりを目指している。
何が来店の動機か?
稲田氏の常識を超えたチャレンジ
2012年、吉野家では「未来創造研究所」を設立、すぐに変えられることだけでなく、3年、6年、10年単位で未来を創るために様々なプロジェクトを推進してきた。しかし、「未来といっても、今日や明日のことを考えることが多く、『明日創研』になってしまっていた」。伊藤所長はこうした状況に危機感を感じ、今日や明日の短期視点のみでなく未来を創る場所として、未来創造研究所を4つの機能に分ける変革に着手した。商品のプロデュースを担当する事業戦略チーム、他業種と競争力を強める新フォーマット開発チーム、既存のオペレーションの改善からテクノロジーを積極的に取り入れる未来施設設備チーム、吉野家をライバルとして新たな価値を創出する「打倒吉野家」チームの計4つを設けて、2015年1月、再スタートを切った。
研究者による未来の飲食業の ための「吉野家ラボ」
昨年まで董事長として台湾吉野家を牽引した稲田所長は、これまでの吉野家の常識では無かったチャレンジをしてきた。「台湾では、何が来店動機なのか、ずっと考えていた。既存のスタイルの吉野家でずっとやっていたが、売上を大幅に伸ばそうということを世界中でやろうとすると、普通のことをやっていてはだめ」。稲田所長は客単価増を目論んで「黒い吉野家」「白い吉野家」の2 つの店舗開発を行い、前者では居酒屋スタイル、後者ではカフェスタイルを取り入れた。白い吉野家の店舗デザインは、2015年度のグッドデザイン賞も受賞している。しかし、結果は客数も客単価も上がらなかった。
吉野家と書いてある限り、普通の吉野家に期待をしてお客さんがくるので、客単価は上がらない。「台湾で学んだのは、ブランドイメージってすごいなということ」と稲田所長は振り返る。この教訓は、リニューアルをした恵比寿駅前店に生かされている。提供メニューは大幅には変えず、居心地の良い店舗設計を心がけた結果、50 歳代以外の年代の来客数は全て伸び、加えて女性客の取り込みにも成功した。
キーワードは「五感の研究」
自然に店に足を運びたくなり、お店に入れば居心地がよく、また来たくなる。そんな理想的な未来の店舗づくりはどこまで実現できるだろうか。これが現在の稲田氏の大きな関心だ。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という五感を通じて、脳に刺激が送られる。この刺激から、人は外部の情報を捉え、思考し、感情を想起し、行動にも反映される。「このメカニズムやパターンを深く研究することで、外食店舗への来店につながる世界が実現できないだろうか」。
例えば、視覚的に入店したくなるような外観や店内の光環境。居心地の良い空間作りのための音楽や音環境の研究。不快な匂いを消して、理想的な香り環境を実現する研究など、人間工学、心理学、農学、栄養学、情報工学、機械工学、建築学、環境学など幅広い科学・技術分野の研究がこれに当たるだろう。
昨年度、「解凍方法の最適化に向けたタンパク質分解の解析」をテーマにリバネス研究費吉野家賞を受賞した東京大学大学院の小南氏とは、店舗で実際に使用する牛肉をサンプルとして提供するなど、テーマの進行においても協力関係を築くとともに、新たな研究開発のパートナーとしても考えているという。
今、第2回のリバネス研究費吉野家賞の応募を開始するにあたり、稲田所長の期待はどこにあるのか。「専門性や高度の知識ももちろんですが、やっぱり思いや志、熱意を持った研究者との連携を期待したいです。熱意があって方向性が合致すれば、一緒にやりたいパートナーになる。肩書きも国籍も関係なく、熱い人の応募に期待しています」。熱を持った研究者と吉野家の連携が、将来の外食産業のあり方を変えるかもしれない。(文・川名祥史)