群集の動きを紐解く 柳澤 大地
多くの人で混雑する場所や長い待ち行列など、日常生活において不便さを感じる瞬間は誰しもあるだろう。東京大学先端科学技術研究センター准教授の柳澤大地氏は、このような混雑時における複雑な人の動きを数理モデルに当てはめ、シミュレーションを行うことで混雑の解消や待ち時間の短縮を理論的に導き出す研究に取組んでいる。
盤上の駒を人の動きになぞらえる
人の群集としての動きが統計的性質を示すことに着目し、セルオートマトンという数理モデルを使って群集運動のシミュレーションや理論解析を行ってきた柳澤氏。セルオートマトンは、チェス盤の上を駒が移動するようなモデルで、時間・空間・状態量などの変化を、連続でなくとびとび(離散的)に扱うことができる計算モデルである。複雑な現象の本質をシンプルなモデルに落とし込む際に特に力を発揮し、コンピュータによる計算速度が早いため、シミュレーションとの相性も良い。これを応用することで、空港の入国審査などの長い待ち行列や部屋から避難する際の出口周りの混雑を効率的に解消する方法を導き出すことが可能となる。
既存の数理モデルを覆す新発想
柳澤氏の研究テーマの設定方法は特徴的だ。自身の武器であるセルオートマトンと相性の良い日常の身近な事象がふと結びつくと、それを研究シーズとして温め、研究対象へと昇華させていく。その一つが、空港の入国審査場窓口のような広い空間に発生する待ち行列を解消することだ。これまでの理論は、空間の影響が考慮されていないため、入国審査場のような広い場所では、現実の状況に即したモデルになっていなかった。そこで柳澤氏は、従来の理論にセルオートマトンモデルを組み合わせ、行列の先頭にいる人が窓口まで歩く距離の要素を新たに加えることで、現実の状況により近い待ち行列モデルを作ることに成功した。その結果、一列に並んだ人々が順番に各窓口へと移動するフォーク型が推奨されていたこれまでの結果を覆し、窓口ごとに人が並び複数の列をなすパラレル型の方が待ち時間が短くなる場合があることを導き出したのだ。さらに、フォーク型を改良して、窓口ごとに次の順番を待つ人が並ぶための待機場所を設けることにより、パラレル型よりも待ち時間を短縮できるウェイト型モデルを編み出すに至った。
森羅万象に理論を見出だす
将来は、より多くの人に使用してもらえるシンプルで汎用性の高いモデルを作りたいと言う。例えば、小・中学生にも理解できるモデルを教科書に掲載し、学校教育に普及することができれば、身近な事象が数式として表現される新たな物理数学の世界を魅せることも出来るだろう。「シミュレーションをゲーム化して、オンライン上で多くの人にプレイしてもらいたい」と野望を語る柳澤氏。ゲームを通じて蓄積されたビックデータを活用することで、彼の研究は更なる躍進を遂げる可能性がある。その成果を一人でも多くの人に届け、日常の課題を解決するために、企業との連携を積極的に受け入れ、研究室の学生を共に研究する仲間として巻き込んでいく姿勢は、今後、分野に限らずサイエンスそのものの発展に必要となるだろう。(文・井上 剛史)