サイエンスへの愛と広い視野をもった研究者を目指そう 西中村 隆一
日本で唯一「発生医学」の名を掲げ質の高い研究環境を誇る熊本大学発生医学研究所(以下、発生研)は、長年優秀な研究者を輩出してきた。その発生研では、研究者には高い研究能力に加えて求められる能力があると考え、これからの社会で活躍できる人材を育てる教育プログラムを2012年にスタートさせた。発生研の伝統と新しい挑戦に迫る。
若手研究者の登竜門として
熊本大学発生研では、生物の体がつくられる仕組みを解明する「発生学」と病気の解明や治療を目指す「医学」を融合した多様な「発生医学」研究が行われている。その源流は1939年の体質医学研究所にさかのぼり、70年の歴史の中で数多くの研究者がキャリアを積んできた。若手研究者の登竜門的な存在であり続ける背景について、現在、所長を務める西中村隆一先生は「研究に没頭できるように整備された環境」を挙げる。発生研は全国100か所の研究機関に遺伝子組換えマウスを供給する生命資源研究・支援センターに隣接し、次世代シークエンサー、質量分析装置などの最新研究機器をそろえ、分子生物学、組織標本作成、質量分析などの専門知識をもった5名の技術系職員も配置。これらの機器を存分に活用できるフォロー体制を備えている。加えて、全国より外部研究者を招聘してセミナーを毎週行うなど、研究するには抜群の環境があるのだ。
研究者を外に連れ出すプログラムを開始
「グローバル化が加速し続ける中で、研究者には専門性をもちながら、様々な地域社会と研究成果を橋渡しする力が求められています」と語る西中村先生。発生研の数名の研究者が発端となり開始したのが、博士課程教育リーディングプログラム「グローカルな健康生命科学パイオニア養成プログラムHIGO(以下、HIGOプログラム)」だ。このプログラムでは、医学・薬学などの高度な専門性を持ち、アジアなど海外における諸課題の解決に挑戦できるリーダーを育成することを目指している。特筆すべきなのは、学生には海外、企業、行政の3つの業界におけるインターンシップ参加が義務付けられていることである。西中村先生は「それぞれの業界の現場にいるからこそ感じられるものがあるはずです。研究室では感じることができない社会の実情を理解してほしい。このようなところから、ふと研究のアイデアも出てくるはずです」と期待を寄せる。
研究者の基盤は「サイエンスへの愛」
「研究者といえばアカデミックな進路を目指しがちですが、HIGOプログラムを通じて学生には広い視野をもって多くの可能性を考えてほしい」と語る西中村先生。時代によって研究者に求められる姿は異なるが、変わらず常に求められるものは「サイエンスへの愛」だという。研究内容や目的が違っても、研究者には人類の知の発展のためにサイエンスと向き合い、愛する姿勢が必要なのだ。西中村先生自身も、研修医時代に白血病で患者さんを亡くして以来、より多くの患者を救うため、発生医学の研究を進めてきた。2013年に世界で初めてマウスES細胞とヒトiPS細胞から3次元の腎臓組織の作製に成功したのも、研究成果が出ない苦しい時期の中、目標に向けてサイエンスと愚直に向き合った結果だ。学生たちにも、自身の大きな目標の実現のため、真理の追究に没頭する環境を整えるだけでなく、社会と関わり合い、広い視野を養ってほしいと願う。発生研で学ぶ学生たちが、熊本から世界に羽ばたく日は遠くないかもしれない。 (文 福田 裕士)
|西中村 隆一さん プロフィール|
1987年東京大学医学部卒業後、4年間内科医として勤務。1996年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了後、東京大学医科学研究所を経て、2004年熊本大学発生医学研究センター教授、2009年熊本大学発生医学研究所教授。2016年同所長併任。