力学的な視点で 組織の動きを予測する 近藤洋平
細胞や組織は様々な力を受け続けているだけでなく、自らも周辺環境を引っぱり続けている。こうした物理的な刺激が細胞に及ぼす影響について研究する分野として、メカノバイオロジーが台頭しつつある。京都大学の近藤洋平氏は、集団を形成する細胞に働く力の可視化と、それに基づいた挙動のシミュレーションに挑戦している。
力の影響から細胞・組織を考える生物学
物理的な刺激が引き金となって、細胞が分化する現象などの各種生体応答が起こることが認知され、国内外で研究が活性化している。多細胞生物は受精卵から細胞分裂を繰り返して三次元の複雑な構造体を形成していく。この過程で細胞間に働く力が個々の細胞に影響を与えている可能性は想像に難くない。近藤氏らはその力を非侵襲で計測し、およぼす影響を予測することで、発生・再生を理解する挑戦をしている。「従来の方法では、力と動きの関係を捉えるために、レーザーによる組織の切断といった侵襲的な方法を用いていました。我々のアプローチはこれを非侵襲的に行うものです」。
空間のゆがみを捉える
近藤氏らがとった戦略は、細胞自身を観察するのではなく、細胞の周りの環境の変化を捉える方法だった。蛍光ビーズを含むゲル上で細胞を培養すると、細胞が増殖、伸展する時にゲルが引っ張られる。すると含まれている蛍光ビーズの動きとして力の働き方を捉えることができる。その測定値から細胞の動態をパターン化する。
イヌ腎臓尿細管上皮細胞を用いて、蛍光ビーズ観察で力の働き方を、位相差観察で細胞の挙動を同時に調べ、数理モデルの構築、さらにデータに基づくモデルパラメータ推定を行った。「細胞集団をゴムシートのように捉えてシミュレーションします。」と近藤氏が説明するモデルは、細胞シートにかかる力を実際に測定した海外の研究チームの報告に近い値をはじき出した。
細胞内情報も取り入れた新たなモデルへ
「将来的には、遺伝子発現や分子の細胞内での動きの要素も加えた、メカノケミカルの視点から生命現象を解いていきたいです。」と近藤氏はこれからの展開を考えている。遺伝子発現に加え、たとえば培地に化合物を添加した際の細胞の変化もシミュレーションできるようになれば、創薬のための化合物スクリーニングにも応用できるだろう。物理学的視点や数理モデルを使ったアプローチは生命科学分野以外の研究者の方が長けている。分野間での融合が進むことで、細胞に対する理解がさらに深まっていくだろう。
(文・井恵子)