形態情報を定量的に記述する 真野 昌二/木森 義隆
2016年1月、数理形態学※に基づく画像処理理論を用いることで、生物形態情報を抽出する新たな画像解析手法が報告された。これまで難しかった生物の複雑な形態情報を定量的に表現することを可能にしたこの技術は、植物研究に携わる基礎生物学研究所の真野助教と画像解析を専門とする新分野創成センターの木森特任助教のコラボレーションによって生まれた。
「形」を数値化したい
真野氏は植物の細胞内小器官の機能解明をシロイヌナズナを用いておこなってきた。その中で、根毛形成に異常を表すrhd3変異体を得た。この変異体では、ペルオキシソームをはじめとする様々な細胞小器官が本来あるべき位置に運ばれない異常が確認された。そこで、細胞小器官を輸送するレールにあたるアクチンフィラメントを緑色蛍光タンパク質(GFP)で可視化したところ、フィラメントが束になり、形成されているはずのネットワーク構造が失われていることが確認された。この画像から読み取れる定性的な結果を、数値データで客観的に評価するための方法に頭を悩ませていた時に、木森氏との共同研究がはじまった。
見えない構造を抽出するアルゴリズム
医学や生物学の画像データを対象として情報の抽出や解析手法を研究していた木森氏。同氏の協力のもと、GFPで標識したペルオキシソームの画像を用いて構造体の数と大きさの抽出を行うことになった。「でも、実際に画像データを見てみると、コントラストや輝度によって対象をセグメンテーションできない場合も多いんです」。そこで木森氏は、数理形態学の概念を適用して、対象画像を三次元の地形図のように見立て、ペルオキシソームの粒状構造が本来持つ「上方向に凸な構造」を抽出する画像フィルターを生成した。これにより背景のコントラストや輝度によるノイズを排除して、ペルオキシソームの粒状構造をうまく抽出することに成功した。この技術はアクチンフィラメントなどのその他の構造体へも適用可能で、その応用範囲は極めて広そうだ。
密なコミュニケーションが成功のカギ
「撮影条件を一定にすることで、自分のターゲット以外の対象も客観的に評価することができる。思わぬところで重要な情報が得られたり、新しい興味が生まれたりもしました」と話す真野氏。文化も言葉も違う異分野の研究者同士、顔を合わせて議論し、互いにフィードバックを返しながら研究を進めて来た。イメージング技術が発達し、簡単に大量の画像データが入手できるようになったことで画像解析のニーズが高まり、最近はバイオイメージ・インフォマティクスという分野ができつつある。異分野の研究者どうしが同じ研究対象に向き合い、対等な関係で研究を進めていくことで、今回のような成果にたどり着く事例がこれからますます増えていくことだろう。(文・中嶋香織)
※数理形態学 (mathematical morphology)
画像に含まれる様々な構造を数学的に解析することを目的とした、集合論に基づく理論体系。数理形態学は画像中の局所的な情報を用いた演算により多様な画像処理・解析手法を提供する。
Kimori Y, Hikino K, Nishimura M, Mano S. J. Theor. Biol. 389, 123-131 (2016).