思い切ってジャンプすれば、 新たなチャンスはいくらでも掴める 臼井 公人
修士までは農学、博士では薬学、ポスドクでは人工細胞、そして現在は創薬。ゲノム創薬研究所の臼井公人さんは、大学時代から現在に至るまで、専攻分野も所属も毎回変えてきた。「移り気なキャリアですよね」と笑うが、そのときどきの関心に合わせ、流れに乗るように次の場所に飛び込むことで、チャンスをものにしてきたのだ。
新たな分野にジャンプするのが得意
東京大学で博士号を取得後に、就職先を探していたときのことだ。研究室OBの縁で、大阪大学のERATOプロジェクトに応募してみないか、と声をかけられたのだ。「人工細胞モデルの構築」を軸に「生命とは何か?」を探るテーマは、研究者として魅力的だと感じた。いわゆる「普通」の生命科学の領域で研究を続けてきた臼井さんにとって、それは全くの異分野だったが、敢えて飛び込んでみることにしたという。「はじめから、経験したことがないから無理、と言う必要はないのではないでしょうか。何をやるにしても、誰でも最初は、未経験者から始めるわけですから。合うか合わないかはやってみないとわかりませんが、そこは決意が必要だと思います」。
思いがけない好機が巡ってきたとき、尻込みしない。目をつぶってでも飛び込むのが、臼井さんは得意なのかもしれない。
自分の志向は「問題解決型」の研究
大阪大学のERATOプロジェクトには、生物系から物理系、工学系など多様な分野の研究者が集まっていた。それまで所属していた大学の研究室とは違い、自分とは異なる分野の研究者らと日々ディスカッションできる環境に、非常に多くの刺激を受けたという。
しかし、彼らと日々研究を行う中で、臼井さんはあることに気がついた。ちょっとした発見があったとき、「それ、面白いじゃないですか」と目を輝かせる人がいる一方で、自分はどちらかというと「それが一体、何に役立つのか?」と感じることが多かったのだ。もともと「科学は人類の困難を克服するものであってほしい」との思いがあった、という臼井さんは、改めて自分の志向が「問題解決型」の研究であると再認識した。ERATOでのポスドク後にはアカデミアの職も探していたが、今まで様々な研究を行ってきた経験を生かし、何か人類の困難を解決するようなモノを作り出して社会貢献をしたいと考え、企業でのポジションについても模索し始めた。
カイコを使って発見した薬が、世に出る過程を見たい
そんな折り、企業で研究員として働くチャンスが巡ってくる。博士課程で師事していた関水和久教授から、教授自身が顧問を務めるバイオベンチャー、株式会社ゲノム創薬研究所の主任研究員をやらないか、と誘われたのだ。「今から入ったら、薬が世に出るプロセスを見られる」と考えて、臼井さんはこの申し出を受けることにした。問題解決型の研究をやりたい、という自分の志向とも一致していた。
ゲノム創薬研究所では、2014年、東京大学との共同研究によりカイコをモデル動物に使うことで、全く新しい作用機序の抗生物質「ライソシンE」を発見することに成功していた。臼井さんは2015年1月に主任研究員として加わり、ライソシンEの開発に全面的に携わっている。普通、大手の製薬企業では細分化された製薬プロセスの一部にしか関われないが、ベンチャーであるがゆえ、多くの過程に携わるという貴重な経験に、手応えを感じている。
多くの企業が抗生物質の開発から手を引く中、新たな抗生物質の探索にも取り組んでいる。意外にも、カイコはモデル動物として、抗生物質の探索に向いているのだという。「カイコは実験動物として適度な大きさであり、扱いも容易です。また逃げ出すことができないため、バイオハザードの心配がなく、抗生物質を探索するには非常に適しています。飼育も小さいスペースで十分です。驚くほど小規模の研究室から、短期間でいくつも抗生物質が発見されたら、それはとんでもなく格好いいですよね」。カイコで発見した薬を世に出し、「カイコ創薬」を実現する。それが臼井さんの今の目標だ。(文 塚越 光)
臼井 公人さん プロフィール
2009年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程単位取得退学。博士(薬学)。2010年よりERATOプロジェクト研究員。2015年1月より現職。GE LIFE SCIENCES DAY 2015にて発表した「昆虫カイコを利用した『カイコ創薬』の提案」がポスター賞を受賞した。