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2017.07.18 研究応援

次世代の研究者を育てるために社会へのインパクトを生み出す 河原 秀久

2016年9月、河原秀久氏率いる関西大学天然素材工学研究室のチームが第3回アグリテックグランプリの最優秀賞を受賞した。そこから約2ヶ月後、河原氏は株式会社KUREiを設立し、物質の凍結制御を通じて人類の医食住環境に革命をもたらすことを目指している。

生き物から学ぶ氷の操り方

 KUREiは、氷の生成温度を通常よりも低くする過冷却促進物質の開発・製造をコアに事業を展開しているベンチャーだ。一般に、物質の凍結メカニズムは、0℃以下になると水溶液中に存在するタンパク質や不純物分子、イオンなどによって氷核が形成され、その核が成長・巨大化し、やがて水溶液全体が氷となる。KUREiの過冷却促進物質は、氷生成の起点となる氷核の発生を抑制する働きをもち、0℃以下でも凍らない未凍結保存を実現する。これにより、凍結で引き起こされる細胞内タンパク質の変性や糖質・脂肪の老化、解凍時の栄養素流出を防ぎ、生鮮食材・果実の長期間輸送や、畜産・水産物の人工受胎率を向上させる新鮮な受精卵保存が可能となった。将来は、臓器保存や再生医療といった医療への応用も視野に入れている。ユニークな点は、この過冷却促進物質をコーヒー粕やこし餡粕などの農作物資源から新規に探索しているところだ。「地球の長い歴史をみると、生物は氷河期のような低温環境に何度も晒されてきました。それでも生き残ってきたということは、その耐凍性機能を調べれば人間の役に立つものがあるはずです」と河原氏は言う。

研究室から次々に生まれる事業化のタネ

 もともと過冷却促進物質は、河原氏自身が10年間以上かけて天然素材工学研究室で研究を続けてきたテーマだ。研究の目処が立ち、利用を希望する周囲の声が増えてきたときに、会社を設立することを考え始め、科学技術振興機構の大学発新産業創出プログラム(START事業)に挑戦した。残念ながら申請は通らなかったが、河原氏は諦めなかった。「国の予算がなくても自分たちの手で立ち上げられると考えて、アグリテックグランプリに出場しました」。経営者には、ITベンチャーの経営経験を持つ人物をヘッドハンティングし、本格的に事業を開始する準備を進めている。さらに、河原氏は、KUREiを設立する以前にも、天然素材工学研究室からスピンオフしたベンチャーを2社立ち上げている。ひとつは、氷結晶成長抑制作用があるカイワレダイコンの不凍タンパク質を用いて食品用の冷凍障害防止剤を開発し、カネカ社との業務提携を結んだ。もうひとつは、キノコの中で最も耐凍性が高いエノキタケから不凍多糖を発見し、その粘着性の高さを利用して接着剤を製品化した。現在は、JAXAの航空機のコーティング剤の研究材料にも採用されている。

事業化の鍵は一つの専門に囚われないこと

 河原氏の研究が事業化へとつながりやすい秘訣は、異分野に目を向けていることだ。大学院では微生物分野を専門として博士号を取得し、その後、新たに工学を学び、1年間カナダに留学した理由について河原氏はこう語る。「専門分野を絞ってしまうと、同じような発想しかできなくなってしまうようで嫌だったんです。今でも、自分の専門分野の学会には行かずに、物理化学や食品といった異分野ばかりに顔を出しています」。異なる分野だからこそ、点と点を結ぶことで新しい物事が生まれるのだ。天然素材工学研究室でも、素材を探索する基礎研究から産業界での実用化を見据えた装置開発まで、自身の教員として培った工学のバックグラウンドを活かしながら幅広く手がけている。「アカデミックの方法論では、工業製品の品質管理には通用しません。そこのギャップをどう埋めるかが重要です」。まるで、複合領域を一手に担う総合化学メーカーのようなあり方だ。

ベンチャーの成果を学生に還元する

 河原氏が自身の研究をもとに事業を起こし続ける根底には、社会に新たな価値を生み、社会から得られた資金などのフィードバックを学生に還元したいという強い思いがある。「地域の産業を活性化しながら、地域の大学に研究費を集める仕組みを作りたいのです。これからの日本の大学は特色を持たなければ生き残れない。ベンチャーを使って大学を変えたいと思っています」。ゆくゆくは、大学院に無料で進学できるような奨学金制度も作りたいという。「天然素材で世の中を変える」というミッションを標榜する河原氏。自身の研究で世の中にインパクトを与え、そのリターンで次の研究者を育てる仕組みを実現するために、ベンチャーという道を選んだ。そこには、科学・技術の発展に貢献したいという純粋で真摯な姿が見える。

(文・松原 尚子)

株式会社KUREi(カレイ) 取締役CTO
関西大学 化学生命工学部 生命・生物工学科 天然素材工学研究室 教授
河原 秀久