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2016.06.17 研究応援

工学研究は、使ってもらってこそ意味がある 南澤 孝太

2016年は「VR元年」といわれる。数年前から研究・開発業界に展開されたOculus Riftが牽引する中、国内でもPlayStation VRが10月に発売予定で、コンテンツも続々と増えている。だが慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の南澤孝太准教授は、「視覚だけのVRはもう古い」と話す。彼が注目しているのは身体的経験の記録・共有・創造、中でも触覚や力覚領域におけるVR技術の実現だ。

社会実装のためには、簡易化が必要だ

 修士、博士課程を東京大学大学院で過ごした南澤氏。その初期の頃、遠隔地のロボットを自分の分身のように操る技術「テレイグジスタンス」の研究を行っていた。操作者の手の動きを装着したグローブで検知し、ロボットに伝達する。ロボットの手が何かを握ると、その感覚をグローブを介して操作者に伝えるというものだ。これを進める中で、エンドユーザに展開するためにはよりシンプルにする必要があると感じ、簡易触覚インタフェースに関する研究にシフトしていった。触感情報をどれだけ正確に人間に返すかを重視した結果として数多くのセンサーやアクチュエーターが組み込まれていた従来のものを、簡易的にすることで、より社会で使いやすいかたちを目指したのだ。

シンプルなキット化で増えたコラボレーション

 指導教官の舘教授が東大からKMDへ異動することとなり、南澤氏もそこで研究をスタートすることになった。KMDでは研究の成果が市場に提供されて社会的インパクトを生み出すまでの流れを、プロジェクト制で推進している。南澤氏は簡易化を追求する中で、触覚共有デバイス「TECHTILE toolkit」を生み出した。これはマイクと振動子、コントローラからなるキットだ。コップや衣服等にマイクを取り付け、そこから得られた振動信号を市販のオーディオアンプで増幅して振動子に伝え、他の物や身体を震わせることで触覚を伝えるというしくみになっている。子どもや美大生を対象としたワークショップの開催や振動データのWeb公開によって利用者を増やしながら、デザイナーや広告クリエイティブ系人材とのコラボレーションも進めている。

歩み寄ることで、「使い方」を議論する

 TECHTILE toolkitを開発した経験から、ひとつのことが見えてきた。それは、技術がわからない人でも使える、簡素で手軽なデバイスを作ることで、「これを使ってどのようなおもしろいことができるか」といったコンテンツの議論ができるようになるということだ。これがTECHTILE toolkitの成功要因だったと南澤氏は考えている。

 学生時代から常に「どうすればこの技術が社会の役に立つのか」と考える中で得た答えのひとつが、「技術側から社会への歩み寄りが必要」ということだったという。この気付きを元に、幅広い人材を巻き込んだプロジェクトが今後どのようなアウトプットを見せてくれるのか楽しみだ。

南澤 孝太 (みなみさわ こうた)氏

2010年 東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。同年、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 特別研究助教、特任講師を経て2013年より現職。 触覚メディア・身体性メディアに関する研究プロジェクトを推進。JST ACCEL身体性メディアコンソーシアム事務局長、超人スポーツ協会理事・事務局長、日本VR学会理事。