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2016.04.26 研究応援

生体内の細胞ネットワークを丸ごと可視化 洲﨑 悦生

ヒトの脳には約1,000億個、マウスの脳でも約1億個の神経細胞が存在しているといわれている。乳白色をしたこの複雑な組織を透明化するという技術的ブレークスルーで、これまで観察が難しかった細胞同士のつながりの可視化が進んでいる。脳の神経ネットワークの解明を中心に研究を進める東京大学の洲﨑悦生氏にお話を伺った。

透明サンプルの断層写真を撮る

 洲﨑氏が所属する上田泰己氏の研究グループは、個体や組織の構成単位である個々の細胞がどのようにネットワークを形成しているかを、実験的なアプローチと数理的なアプローチの両面から理解することを目指している。その中で、ベースの技術となる細胞の網羅的観察を可能にする方法を模索していた。「色々と検討する中で着目したのが、組織の透明化技術とライトシート顕微鏡でした」と当時を振り返る。ライトシート顕微鏡は、観察対象に対して側方からシート状に励起光を当て、その面に対して垂直方向に設置した対物レンズによって蛍光を検出する顕微鏡だ。連続的な断層写真のようなものが撮れる上に、高速で、深部まで観察できる。一方で、透明度の低いサンプルでは十分に観察できないという弱みもある。この2つの技術を導入するところから新たな細胞観察技術の開発は始まった。

情報科学で実現した定量的な蛍光イメージング

 洲﨑氏は当時発表されたばかりのScale試薬(理化学研究所・宮脇敦史氏らのグループが開発)やSeeDB試薬(理化学研究所・今井 猛氏らのグループが開発)をベースに、同僚で有機化学のプロフェッショナルである田井中一貴氏とマウスの脳の透明化に最適な化合物スクリーニングを行ない、効率的で再現性のある試薬を見出した。ライトシート顕微鏡の性能上の弱みを克服したサンプルを用いて、洲﨑氏らは脳全体を一細胞レベルで観察することに成功した1。技術の本質はもう一点、三次元画像の情報処理技術にもある。情報科学に精通する同僚のDimitri Perrin氏や理化学研究所の横田秀夫氏らを中心に、取得したデータを標準化する技術開発が進められた。標準となる脳画像に、個体ごとに取得した画像データを投射して位置合わせを行なうという、MRIなどで用いられている情報科学的な処理により、個体間の差を定量的に比較できるようになった。「刺激の有無でデータの差分が取れるので、脳内の反応がどう変化するかを簡単に知ることができる」と、CUBIC2と名付けたこの一連の方法の面白さについて洲﨑氏は説明する。

個体全体、そして脳、発生のネットワークの解明へ

 最初の発表から約半年後、田井中氏がCUBICによってマウスの全身を透明化した事例を報告している3。この中では、個体全体を細部にわたって可視化しただけでなく、糖尿病モデルマウスで三次元データによる病理診断にも使えることを示している。「それ以外にも、発生時の細胞間ネットワーク形成の解明など、将来的に医学や工学にも貢献できる応用例が沢山あると思っています」と可能性を示す。技術的な課題はまだまだたくさんあるというが、それを超えた先に拓けるイメージングの新たな世界に期待が高まる。(文・中嶋香織)

  1. Susaki EA, Tainaka K, Perrin D, et al. Cell 157, 726-739 (2014)
  2. Clear, Unobstructed Brain /Body Imaging Cocktails and Computational analysisの略
  3. Whole-Body Imaging with Single-Cell Resolution by Tissue-Decolorization.Tainaka K, Kubota SI, et al. Cell 159, 911-924 (2014)
  4. 写真)Thy1-YFPトランスジェニックマウスの脳をCUBICで撮影した例。Susaki EA, Tainaka K, Perrin D et al. Nature Protocols 10: 1709-1727, 2015より改変