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博士を鍛えるプログラムは、研究室の一歩外を意識する 竹上 直也

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文部科学省 科学技術・学術政策局 企画評価課 課長補佐 竹上 直也さん

大企業からの博士特別採用の大々的告知など、博士人材の能力に注目が集まり始めた。一方で、産業界の期待に堪える人材を、アカデミアは現在進行形で育成できているのだろうか。そこで、今回は「博士課程教育リーディングプログラム」の事業設計を担った文部科学省科学技術・学術政策局の竹上直也さんに、大学院に育成を期待する博士人材について伺った。

博士の質を保証する学位プログラムの構築

「博士課程教育リーディングプログラム」は2011年にスタートした、産学官問わず将来活躍できるトップリーダーたり得る博士を育成するための大学院教育プログラムだ。2016年2月現在、全国の大学から62のプログラムが採択され、それぞれが独自に、専門分野の枠を超え、世の中を俯瞰し、社会的課題の解決に取り組む人材の輩出を目指している。竹上さんは、この事業の確立に尽力した。「博士の質を高めるための教育プログラムの確立が急務だった」と当時を振り返る。

日本は、欧米と比較して、博士号取得者の絶対数が少ない。例えば、2008年のデータでは、人口100万人あたりの年間博士号取得者はドイツ307人、イギリス285人、アメリカ222人に対して、日本は131人※1。また、博士号取得後にアカデミア以外で活躍している者が相対的に少ないことも、企業の研究者に占める博士号取得の割合の国際比較や、米国上場企業の管理職等の最終学歴の調査からわかる※1。天然資源に乏しく、科学技術知から産業を創出してきた日本にとって、高度専門人材である博士の産業活用は必要不可欠であるのにもかかわらず、だ。この原因の1つには、大学院という組織が研究に重点を置きすぎていたことが挙げられる。トップ・オブ・ザ・トップの学生には、研究に存分に打ち込む環境が用意されていたが、全ての学生に対して、博士を育成するにふさわしい教育が提供できていたわけではなかった。この問題を解決するため、大学院、中でも博士課程における教育の役割を重視し、博士の質を保証する仕組みを確立することが、リーディングプログラム設立の1つの目的だったのだ。何十もの大学と議論を重ねると、現場、つまり大学教員の中でもこうした教育改革の必要性を訴えるものが多く、プログラムの構築を後押しした。

無から有を生む能力が必要条件

リーディングプログラムでは、各プログラムが育成する人材像は、専門性も異なることから千差万別だ。しかし、プログラムが変わろうと、時代が変わろうと、大学院が育成すべき博士像の根幹に大きな揺らぎはないはずだ、と竹上さんは主張する。その根幹は「無から有を生み出す方法論を知っていること」だという。様々な事象を観察し、そこから課題を発見すること。そして、その発見した課題の解決に向けた手を打っていくこと。それらを実現するための方法論を知り、体感し、その方法論を様々な場面で適用できること。これこそが、博士の本質だと話す。

では、どうすればこのメタ視点は獲得できるのか。「現代では、研究をしっかり行いつつ、かつ研究室の外に果敢にでていくことが1つの方法」だと竹上さんは考えている。この言葉からは、研究室の中で、自分で1から研究テーマを立ち上げることは、博士の必要条件であり、さらにそこから研究テーマを研究室外へと広げていくような行動様式を求められているということが読み取れる。ひと昔前は、研究室で触れることができる情報に、他の場所で出会うことは難しかった。大学の研究室の敷居は、今では想像もつかないほど高かったのかもしれない。時代は変わり、研究室で触れることができる情報は、インターネットで共有され、それを知るだけのために研究室にいることの優位性は限りなく小さくなった。単純な情報ではなく、誰かが実際に直面している課題、つまりは研究者にとっての研究対象や研究の成果の活用場面に新たにリーチするには、様々な対象とコミュニケーションをとることが必要になった。研究者にとってそれは、他の研究者や企業とのコミュニケーションで獲得できる場合もあれば、海外など、地域性を伴ったものかもしれない。社会とつながることでこそ、研究が深化する時代になったともいえる。だからこそ、リーディングプログラムは、国内外の企業でのインターンシップや、自身の出身研究室以外とのコミュニケーションを推奨している。これからの博士には、研究室の外にも問いを探しに行く、探検者的なマインドが必要なのだ。

博士が必要とされる時代がやってくる、という予感

竹上さんのチームには、教育プログラムを確立するというミッションに加え、博士に多様なキャリアパスを提示するという命題もあった。ポスト・ポスドク1万人計画の時代ということもあり、アカデミアだけでなく、産業界へのキャリアパスの提示をすることもまた必要だった。そうした取り組みが簡単に進むものではないことは重々承知だったが、同時に「近い将来、産業界にも博士が必要になる時代がくる」という予感は、事業設計時には既にあった。その際に念頭にあったのは、欧米の企業群の博士活用の姿だ。欧米の企業は、博士を、大学院でトレーニングを受けた即戦力の人材として扱う。テクノロジーが事業コアの有名企業では、博士卒の人材を雇うのは当然のことであり、また博士のキャリアパスとして、自身の開発したコア技術を元にベンチャーを立ち上げることも珍しくない。将来予測が困難な世の中になり、企業がリスクを冒してまで新規事業にチャレンジするような流れが加速していくことも予想できたことから、この欧米型の博士のキャリアパスは日本でも実現していくだろうと考えた。

実際に、博士は産業界から必要とされ始めた。「プログラムのスタートから5年経って、産業界から博士採用を拡大する動きが出てきているのは非常にうれしいこと」と竹上さんは語る。オックスフォード大学のMartin Schoolから2013年に発表された論文「The Future of Employment※2」では、10年後には、今ある仕事の47%がコンピューターによって置き換わると主張されている。この主張と同様の危機感は、産業界の現場でも共有されている。だからこそ、新しい問いを社会から見出し、ビジネスの種を見つける博士の発想に、社会は期待を寄せ始めたのだ。竹上さんは「この流れは大きなチャンスで、そこで実際に、リーディングプログラムから巣立った博士が活躍できるかどうかが重要」と考えている。博士としての教育を受けてきた人材が活躍する土壌が、産業界にも生まれつつあるのだ。

社会とコミュニケーションする場をつくろう

鶏が先か、卵が先かの議論かもしれないが、企業から「博士っていいね」と言ってもらえるような事例が増えることで、大学院教育プログラムに、より産業界からの注目が集まるはず。そうすれば、優秀な学生や社会人が、より大学院博士課程に進学するようになり、こうした学生たちが、優れた教育プログラムによってさらに鍛えられるという好循環のサイクルが生まれる。

現在、博士課程教育リーディングプログラムに関わっている企業からは、「リーディングプログラムの学生をぜひ採用したい」という声が上がっているという。「学生側だけでなく、産業界側も個人レベルで深くアカデミアに関わる経験が必要だと思います」と竹上さん。リーディングプログラムは、社会とコミュニケーションをどんどんとる方向に進んでいる。カウンターパートである産業界からも、アカデミアと共同の取り組みを行うことができる場をつくり、大学の教員や学生と真剣に関わり続けることが必要だ、と竹上さんは考える。

博士の価値が「無から有を生むこと」だとするならば、その教育の現場に産業界の人材も参加することで、博士の価値を体感できるだろう。産業界の期待に応えることができる人材育成は、研究室だけでは完結しない取り組みへと変容しているのだ。

(文 武田 隆太)

※1 文部科学省 中央教育審議会(第86回)配布資料 「参考資料1.これからの大学教育等の在り方について(教育再生実行会議第三次提言)(その2)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/attach/1340416.htm

※2 Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013). The future of employment: how susceptible are jobs to computerisation?

|竹上 直也さん プロフィール|

平成17年入省。平成22年、高等教育局大学振興課大学改革推進室大学院係長として、「博士課程教育リーディングプログラム」の事業設計を担当。平成26年4月より現職。文部科学省における科学技術イノベーション政策の取りまとめを担当。平成27年7〜12月には、内閣府総合科学技術・イノベーション会議事務局に籍を置き、第5期科学技術基本計画の策定に貢献。

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